女神は微睡む 真珠認定儀式編5






 島崎の旦那が花街に行くのは別にお楽しみに行くわけではない、と思う。
 まあ、お楽しみもあるんだろうが、仕事として。
 「おや? まだ営業前よ色男さんたち」
 「島崎の旦那に用があるんだよ」
 花街の入り口には門がある。
 別に遊女たちが外に出られないように、だのそういうのではなく。
 営業時間が決まっているからだ。
 中で生活している女たちの出入りは自由だが、外から中に入るものは制限される。
 「旦那に?」
 「そう。ちっちゃい子供連れてただろ?」
 入り口の門には関所というか、交代で詰めている詰め所があって表の顔役がその役を果たす。
 「小さい子供連れの旦那を私が入れるってのかい?」
 見くびられたもんだねえ、と笑う姐さんは現役時代と変わらない色艶を浮かべたまま門を開けようとはしない。
 まあ、俺たちが道理を曲げてるんだから仕方がないっちゃ仕方がないが。
 「同僚は連れてきたか?」
 姐さんを言いくるめるのに使っただろう体の良い言葉は、これだ。
 まだ正式には同僚じゃないが、いずれなるんだから構わないだろうとか抜かしたに違いない。
 「ああ、随分可愛い同僚だったら連れてきたね」
 「変なこと吹き込まれるわけにはいかねえんだよ」
 「おやおや。色男二人して目の色変えて。兄さんたちあのご同僚のなんなんだい?」
 「「保護者だ」」
 これまた随分と面白い保護者だ、と。
 笑い声を響かせながら手元の輪を回す。
 ぎりぎりと軋みながら開かれる門に身を滑り込ませる俺たちに。
 「今度は客として来とくれよ」
 花街の顔役はひらひらと手を振っていた。




 島崎の旦那が花街を主な拠点としているのには、一応理由がある。
 日が沈む頃から仕事を始め日が昇ると共に眠る遊女の中には、十分な睡眠を取れないものがいる。
 安眠のお守りやら禁酒のお守り、などと本人気軽に触れて回っているが、お守り程度の代物じゃない。
 腐っても十二席が自ら生み出す石だ。それ相応の力がある。
 「慎吾さん! 子供を花街に引きずり込むなって和さんに言われたでしょ!」
 「あっちゃー、もう見つかったか。はっええなあ、お前ら」
 「もう見つかったか、じゃないでしょうが! 廉、変なことされてないか?」
 「準太、お前俺を何だと思ってるわけ?」
 「獣」
 「……おい榛名!」
 島崎の旦那を見つけたのは街の端に近い小さな店だった。
 男に捨てられて深酒にはまっていたのを見かねた店主が島崎の旦那を呼んだらしい。
 ……がしかし。
 「レン、お前なんで知らないおじさんについていっちゃうんだよ。すっげー心配したんだぞ」
 「ごめん、なさい」
 「謝るんじゃなくて、なんでついてったのかって聞いてる。どうしてだ?」
 俺の膝の上でぎゅうと縮まったレンの。
 ふわふわした髪を撫でて、もう怒ってない。安心して気が抜けただけだと何度も繰り返して。
 レンの口から言わせなきゃならない。
 ごめんなさいで終わらせるわけにはいかないし、変に卑屈にさせたくない。
 だから俺、怒ってない。怒ってないんだ、俺は!
 「準太、さんの、代わり、って」
 きゅ、と俺の服の裾を掴んでようやく口にしたのは、それ。
 「代わりでも何でも待ち合わせの時間まではその場で待機。どうすんだよ人攫いの類だったら」
 島にそういう人間はいない。けど外に出てもそうだと困る。
 女神の寵児、真珠の騎士。
 実家が割れたら余計に利用価値が付加される。
 守ってやるのは別に良いけど、自分でも自分を守れるようにならねえと。
 ……手放せなくなる。俺が。
 「す、ぐに、石」
 「あー、親石か」
 「手紙、あれば大丈夫って、慎吾さん、が言って。でも、ごめん、なさい」
 親石を見せられて触れ合えば。
 自分に優しく接してくれる人間に対して警戒心なんて元から小さなそれが吹っ飛ぶのは訳が無い。
 「準太さん、ごめん、なさい」
 「うん、本当にな。手紙が目に入るまで生きた心地がしなかった。もう止めてくれよ?」
 「はい、絶対、にしま、せん」
 「約束な」
 俺の膝の上からレンを抱き上げて、ぎゅーっと抱きしめる。
 同じようにレンもぎゅーっと抱きつく。
 ……まあ、肝が冷えたのは事実だろうから大目に見るとして。
 「島崎の旦那」
 「悪かったって。あんまりちょこんとしてるもんだからついよ」
 「ついよ、じゃねえだろうが! でもって日が高いうちからこんなとこに連れてくるんじゃねえ!」
 「榛名、お前、まともになったなあ」
 ぽんぽんと俺の頭の上に手を乗せてくくくと笑う。
 「廉、手出せ」
 「はい」
 俺の頭の上に手を乗せたまま、島崎の旦那がレンを呼ぶ。
 くるりと振り返ったその小さな手ではなく、腕を引いて。
 環から真珠を外して代わりに紫水晶をはめ込む。
 「どうして、ですか?」
 「お前が良い子だって分かったから。女神の十二席の一、紫水晶の騎士である島崎慎吾はお前が真珠であると認める」
 歌うようなその宣誓は、女神にではなくレンへ。
 まあ、こういうのは普通にするけどな、俺たちにでもな。
 「ついでに祝福もな」
 「ふ、ぇ?」
 頬を撫でるついでに落とされた口づけ。
 …………口、づけ?
 「慎吾さん!」
 「島崎の旦那!!」
 「真珠になった暁には俺が色々手ほどきしてやるからな、廉」
 「は、い」
 凍り付いた高瀬の手から廉を抱き上げ。
 「じゃ、また後でな」
 同じく凍り付いている俺に手を振って、島崎の旦那は出て行った。





 「あれ、島崎さんと廉君だ」
 「……慎吾」
 「よお、和己。水谷も。どうかしたか?」
 「お前分かってて言ってるだろう。二人はどうした?」
 「ああ、置いてきた。保父さんに預けて俺はもう一仕事あるからと思ってな」
 「あ、じゃあ俺が」
 「水谷、机の上を見てからそういうことは言うんだな」
 「……さりげに河合さんって酷いですよね」
 「何か言ったか?」 
 「いえ何も!」