女神は微睡む 真珠認定儀式編7





 「事態は急を要する。よって十二席は速やかに次期真珠に証を与えるべし、だそうだ」
 「だそうだ、っておい和己」
 「神殿へ立ち入ることを拒否された。十二席が、だ。異常事態であるとしか考えられない」
 「表から入れないって事は、裏からなら良いんじゃない?」
 「山ちゃん、どういう意味だ?」
 「おつかいを頼むんだよ」
 詰め所に十九人。要するに全員集合状態になってからほんの数分。
 田島と利央が神殿に向かわされた。
 部屋の中の張り詰めた空気に怯えるレンは俺の膝の上から動こうとしない。
 初めて見る顔に驚くというよりも、部屋の中の人間が発する空気に怯えてる。
 苛立ちと困惑と何より、不安。
 女神と言葉を交わせない、なんてのは滅多に無い。
 「君が真珠だね?」
 「は、い」
 「ごめんね、こんなにたくさんの人に囲まれて驚いたよね」
 こんにちは、俺は瑠璃の西広辰太郎です、と寄って来たのはそれこそ滅多に島の外になんざ出なかった西広で。
 知恵袋だの生き字引だのと呼ばれている、騎士らしくない騎士で、正直俺との接点はあまり無い。
 「証の石は揃った?」
 「……はい。でも」
 「緊急事態だから大した試練を受けてない、なんて考えなくて良いからね。今のこの状況自体が試練だと思うよ」
 「西広。そりゃどういう意味だ」
 「女神の愛し子が女神に祝福を受ける機会を阻まれている。これは全く前例が無いことなんです」
 穏やかな声で顔で物騒なことを西広は口にする。
 常に持ち歩いている、丈夫な装丁の中は真っ白の本が西広の武器で。
 求める知識を浮かび上がらせるという特殊なそれには、とてもじゃないが解読できそうも無い古代神聖文字が躍っている。
 ……広げられたそこには、そう書いてあるらしい。
 「瑠璃の。それは事実か?」
 「……はい。柘榴石殿。ただ」
 河合の旦那の問いに、答えて。
 「類似しているのではないかと思われる事例が一つだけありました」
 膝の上に置かれているレンの小さな手がぎゅっと握り締められたのを視界の端に留めて、てのひらを重ねた。
 緊張で冷たくなっているそれに熱を分け与えるように、包み込めば。
 揺れる大きな飴色が俺を見上げる。
 「どんな」
 誰かの問いに一つ頷いて。
 西広は口の中で小さく歌った。
 淡い瑠璃色の光を発しながら本の頁が捲られる。自動的に。
 「これから見える映像は、全てこの本に記録されていることです。誰が記したのかも分からないほど異質なもので」
 「要するに確実な根拠は無いが確かに記されている、ということだな。瑠璃の」
 「はい。ただ、見て下さい。判断材料の一つとして」
 理屈は分からないが、映像が。
 宙に映し出された。






 「十二席は入れない、なんてことないな?」
 「……榛名さん」
 「神女であるお前を通して中に入るのは筋違いだって重々承知だ、篠岡。でも俺には無理を通す理由があんだよ」
 「田島君と利央君に聞いたんですか?」
 「悪い大人が子供を利用しただけだ。……頼む、入れてくれ」
 ちびどもが女神に直に願いを伝えることができたのは、正面からじゃなく裏から神殿に入ったから。
 神官を取り次いでではなく、女神と直接やり取り可能な神女に直接交渉をしたから。
 巫人なんかとは比べ物にならないくらい直結している、この篠岡に話を通したから、だ。
 「確かに真珠に刻まれた印の効力が最も弱まるのは女神の庇護下です。でも」
 「それ以外からは俺が守る。こいつは、俺が守るから、だから」
 西広が見せた映像は悪夢そのものだった。
 真珠が女神に認められ、十二席の一として封じられ、武器を与えられるために親石を手放したその一瞬。
 刻み付けられた冥府の印に包み込まれるようにして、真珠はその場から姿を消した。
 「こいつを守る、その手助けをしてくれ」
 冥府の奴らが唯一苦手とする清浄の力を持っている俺なら、あの印からレンを守れる。
 腕の中、小さな悲鳴を上げて倒れこんだレンはあれから目を覚まさない。
 最優先で真珠を守ること、それが今の金剛石の騎士に課せられた任務であり、俺が自らそうあるべきと思っていること。
 「……女神はずっと真珠を待っていました。喜ぶと思います」
 「篠岡」
 「できる限りの助力をします。頑張ってくださいね、榛名さん」
 「おう」