女神は微睡む 真珠認定儀式編8






 奥宮より更に奥深く。
 十二席でも滅多なことが無ければ踏み込むことは許されない女神の懐。
 そこに、一人の女、いや。
 「久しぶりだね、榛名君」
 「め、がみ?」
 「人の姿を取っている私を見るのは初めてだったっけ?」
 「い、や。前に、一回」
 「じゃあ本当に久しぶりだね。……真珠とは初めましてだけど」
 神女と同じような衣を身に纏っただけの、女神がいた。
 生命力の塊。どんなに見た目が俺たちと似ていようが、それは本当に見た目だけのこと。
 一歩踏み出され、縮められた距離に自然と足が下がる。
 縮められた分の距離を再び保つように。
 「辛い目に遭わせちゃったね」
 再び距離は縮められることなく、女神は静かに零した。
 女神の愛し子。その片割れ。
 「こいつを真珠として封じてくれ」
 「……ほんの少し時間を頂戴?」
 「どうして」
 「私はまだこの子と話をしていないもの。焦らなくても大丈夫」
 「でも、こいつは!」
 「君が守るんでしょう? 私の愛しい子。私は君に託すよ」
 一瞬で間近に、両手で軽くレンに刻まれたあの忌まわしい印の辺りを包み込んで、離れて。
 ゆっくりと、レンが目を覚ました。
 「レン、分かるか? 気分は悪くないか?」
 「……元希、さんと、だ、れ、です、か?」
 きゅっと俺の服の裾を掴んで、女神を見上げて。
 その目がひたりと据えられたまま、瞬き一つしないで固まった。
 「知ら、ない。でも、知って、る。どう、して」
 「愛しい子、真珠」
 頭にそっと手のひらを乗せられて、レンの大きな両目から涙が溢れ出す。
 「これから先、きっと君は辛く悲しいことをたくさんたくさん経験するでしょう。でも、君の傍には共に歩む仲間がいることを忘れないで」
 細い腕に絡まる二重の環を撫でて、紡ぐ声。
 俺も、経験した、他の何とも譬えようの無い、高揚感と期待と。
 知らないのに懐かしくて、泣きたくなる気持ち。
 「三橋君、いいえ廉君。私は貴方を真珠として封じたいけれど、貴方とそれを離すわけにはいかないの。榛名君」
 呼ばれた声にしっかりと視線を合わせれば。
 「手伝ってくれるね? 絶対に廉君から目を離さないで頂戴」
 女神の声は願いなどではなく絶対の強制力を持ったそれ。
 人の器などには収まりきるはずのない強い力の集合体が、本来の女神の姿だ。
 目には捉えられない、けれど確実に存在を感じることができるモノ。
 「……分かった」
 「元希さん」
 「俺を信じろ、レン。お前は絶対に俺が守るからな」
 来い、と一声。
 左手の中に半身を握りしめて、その時を待つ。



 
 その為に、今俺はここにいるのだから。









 「これ、は」
 眩いと呼ぶには凄烈すぎた光が辺りを覆いつくした後、レンの手の上には細身の小刀が二振り。
 失われず腕の中にレンがいることに安堵の息を漏らせば、光が穏やかに終息していった。
 「親石が二つ?」
 『二振りで一対の双刀。それが君を守るもの』
 問いに答える声の出所は既に見当がつかない。
 遠いようで近いようで、近いようで遠いようで。
 『私にはそれを完全に消すことはできないの。だから、榛名君、君が』
 揺れて、消えた。
 女神、の声が。
 「おい!」
 思わず上げた俺の大声に、レンの手からからりと刀が、落ちて。
 





 「レ、ン?」
 

 
 
 



 
 残されたのは主を失った半身たちと守るべき者を見失った俺だけ、だった。