女神は微睡む 真珠喪失編2




 「で?」
 「いや、あの、一応報告しておくのが筋かなーって」
 「だから?」
 「や、蚊帳の外とかそういうんじゃないんだよ? でもほら十二席内で決着つかない限りは話せなくってさ」
 「それで?」
 「……廉君が、練習用に作った子石、持ってる?」
 「当たり前だ」
 何の前触れもなく、次代の真珠が生み出した子石が一つ。
 ひび割れて粉々に砕け散ったときに、嫌な予感はしていた。
 真珠が砕けるなんて聞いたことがない。
 似たような話は一度だけ、先代の真珠が失われたときにその彫工師に預けられていた真珠が。
 全て灰となって崩れ去った話は聞いた。それだけだ。
 砕け散った欠片はそれでもまだ真珠の色合いを、真珠としての形状を保とうとしている。
 それは、まだ真珠が完全に失われてはいない証。
 「じゃあそれ」
 「渡す必要はないな。お前ら皆子石を交換してるんだろ」
 「……うん、そうなんだけどさ」
 言葉を濁らせるこの男、ありがたくもなんともないが旧知の十二席の一人、水谷は。
 俺のところに廉を導いた男でもある。その点においてのみ認めないこともない。
 「ちびっ子たちにね、持たせてあげたいなーって。飾り用のじゃなくて、普通の子石」
 「お前の独断か」
 「うん。あと、榛名さんと高瀬さんと浜田さんにもね」
 「……ふん」
 白、黒、淡い桜色、緑がかったもの、黄色。
 そのどれもが廉が生み出した子石たち。
 小さな皮袋八つに、それぞれ一つずつ落とし入れて口を縛る。
 (隆也、さん)
 真っ直ぐに、ただひたすら真珠になることを目指して。
 (ありがとう、ございます)
 重ねていた努力を、一番知っているのは、榛名でも他の誰でもなく、俺だ。
 「持ってけ」
 「え? 二個多くない?」
 「栄口と泉にもあった方が良いんだろ」
 「……阿部、性格が丸くなったねえ」
 「いらねえんなら返せ。それはあいつの努力の証だ」
 「や、いる! いりますって。……ほんと、ありがと」
 「絶対つれて帰ってこいって、伝えとけ」
 「分かった。じゃあ、またね」
 騒がしいのが帰ってようやく、工房に一人。
 ……当たり前だったはずの静けさが、酷く心に沁みた。




 
 「泉、いい加減機嫌直しなよ」
 「誰も不機嫌じゃねえよ」
 「……不機嫌じゃない人はちゃんと人の目を見て会話すると思うけど」
 そりゃ、確かに。
 真珠を、あの子を取り戻す面子に選ばれなかったことは不満だし、理解できても納得できない。
 だからといって不貞腐れていても、何が変わるわけでもない。
 自分がやれることを、やるべきことをするしかないのだ。
 「あいつを、もっと早く六席で引き取っておくんだった」
 「泉」
 「二人なら、守れた。守ってやれただろ?」
 ぎり、と鈍い音を立てて奥歯が噛みしめたのは、後悔、だ。
 俺たちはそんなに強くはないし、戦闘で秀でているわけでもないし、どちらかといえば後方援助だから。
 守るのには、向いてる。ただ、立ち向かうのには向いていないのだけれど。
 「二人じゃ無理じゃない? あ、ごめんね。立ち聞きする気はなかったんだけど」
 「水谷、お前」
 ぶわっと泉の周囲の空気が揺れた。全身の毛を逆立てた獣状態。
 荒れた泉は、結構厄介だ。いつもがいつもな分、沸騰すると長いから。
 「阿部から二人に贈り物。これ、渡したらすぐに退散するからさ」
 「贈り物?」
 「……阿部から?」
 阿部は旧知の知人であの子の指導をしていた、人嫌いというか相当捻くれている面白い友人だけど。
 人に贈り物をするような甲斐性があったとは、記憶していない。残念ながら。
 「はい。特に泉、落ち着いてよね。多分さ、俺が思うに二人でも全員でも駄目だったと思うよ?」
 「真珠が?」
 「うん。子石だって。あの子の努力の証。子石よりもっと、繋がれるんじゃないかなーってもらっちゃった」
 皮の袋を通しても伝わってくる、真摯な願い。
 「女神じゃなきゃ、多分あの瞬間は誰も防げないよ。全部喪われなかった、そっちの方が今は大切なんじゃないの?」
 軽口に紛らわせた、水谷の思い。
 「泉」
 「……十二席全員で住むって、そっちを叶えておけってことだろ」
 強く握りしめて、懐へ。
 俺も同じようにしようとして、止めた。
 「泉、一つ小指の爪くらいで良いんだけど」
 「? ああ」
 言いながら俺も同じ大きさの石を手のひらの中に生み出して、泉のそれと一つずつ交換する。
 「こんなに色々な色、作れるようになってたんだね」
 まだまだかけていない言葉が、たくさんある。
 「褒めてやらなきゃ、だろ。水谷」
 「はーいよ」
 「伝えとけよ、あの人たちに。絶対に連れて帰ってこいって」
 「そんなのわざわざ言わないよ。これで圧力かけるだけだもん」
 にこりと笑った水谷はあっさりと去っていった。
 誰も彼も。
 言葉を交わすことが稀だった者も。
 その手を握り締めたことがある者も。
 強く小さな身体を抱きしめたことがある者も。
 「帰って来い、早く」
 願うことは、一つ。