女神は微睡む 真珠喪失編5




 俺は神殿出身で榛名は外から。
 浜田も外から来た、くらいしかそういえば俺はこいつのことを知らないなあと。
 隣でてのひらの中身を気にしながら、榛名の元に向かう浜田を眺める。
 外から来た奴は結構多い。
 神殿出身の方が少ない、と思う。
 だからあまり俺は島の外の世界を知らなくて、ちょっと羨ましいとは思うのだけれども。
 島に来ることになった経緯は、気軽に聞くことができるものでもないらしい。
 ある程度の年齢まで育って、急に女神の十二席だから島に行けって。
 家族とか友達とかそういったたくさんのものと引き離されて。
 人身売買に遭うのだって珍しくないんだって、聞く。どんなに十二席が保護していても。
 島の外に監査に出ても、なくならないんだって、ため息混じりによく言ってる。タケが。
 「浜田はさあ、外に出てる間にあれだよな」
 「え? ああ、うん」
 「なんで、って聞いても良いもんか?」
 「あー、全部まとめて話すんで良い? 多分同じ話になっからさ、これと」
 うにゃーってへこんだ浜田は、やっぱ俺らと同じ歳くらいなんだなあと思う。
 強いらしいんだけど、剣舞ですら見たことないからなんとも言えない。
 間違いないのはへたれだ。ああでも廉が絡むと榛名もへたれになる。
 へたれ二人と旅するのか、俺。
 幸先悪いなあ、この響き。
 「どーかしたか、高瀬」
 「んー、いや、早く廉に会いたいなあって思っただけ」
 「真珠ねえ」
 「お前はちゃんと話したっていうか遊んだりしてないから分からないかもだけどさ、可愛いんだよ」
 伸ばされる手の温かさや、柔らかさ。
 大きな目に映るたくさんのもの。
 触れるもの全てがあの子を慈しめば良いと願う。
 たくさん奪われてきた子供だから。
 「榛名が自分を失くすほど大切にしてたんだろ? 良い子なのは、なんとなく分かるよ」
 「そう。あの榛名が、な。……お前はさ、俺らが知ってるのとは別の廉を知ってるんだろ?」
 「!」
 まん丸に見開かれた目の中に答えがそのまま転がってはいないけれど。
 俺の問いの答えには十分だった。
 多分、あんまり関係ない気がする浜田を廉奪還の面子に和さんが加えたのには意味があるんだろうって。
 あるんだとしたら、俺らが知らないところできっと繋がってるんだろうって。
 そういう推理、榛名はしないし。
 和さんの、柘榴石殿の決定だし、あの時使い物にならない感じがしたのは間違いなく榛名の方だから。
 だから、誰も突っ込まなかったんだろうけど。
 「まー、後で聞いてやるよ」
 「庇ってくれたりするとすっげえ嬉しいんだけどなあ」
 「まさか。廉に関することで俺が榛名の敵になるわけがないじゃんか」
 「……そういうとこだけ友情に厚くなくても良いと思う」
 「同期ちょこっと先輩だからだろ。タケと一緒で」
 「可愛くない弟分だこと!」
 いーよいーよ、真珠見つけたら可愛がるから。俺絶対に可愛がるんだから、と。
 拗ねる浜田は可愛くもなんともない。
 ……廉が拗ねたらきっと可愛くて榛名と二人して大変なことになっちゃうんだろうな、なんて。
 想像だけじゃ、全然足りないよ、廉。





 「うわむっせぇなあおい」
 「失礼極まりねえぞ、榛名」
 「そうそう。水谷からの預かり物、せっかく持ってきたってのに」
 「じゃあ、榛名さん、俺はこれで失礼しますね」
 「おう。ありがとな、西広」
 「いえ。それじゃ、また」
 西広に廉の居場所を探す手助けになるような資料を集めてもらって、それの解説してもらって。
 今までどんだけ口酸っぱく言われても入ろうと思わなかった島の図書館の資料室に入った。
 冥府の輩どもを効率良く撃退する歌や、攻撃方法。
 それとこの間は覚えてなくて散々な目に遭った転移の歌や離れた場所と通信するための歌。
 そんなのは口伝だけだろうと思ってたら、そうでもなくて。
 西広だけが使える便利なあの白い本に譜を起こすことができて、それを歌に置き換えて。
 まだ、女神に力を請う歌は効力があることが分かった。
 紡ぐ者の力の差によるところも大きい、と西広は言っていたけれど。
 「面白い組み合わせだな」
 「西広が先生ってのは伊達じゃねえってのがよーく分かった。で?」
 「これ。水谷からの餞別じゃなくて脅迫だってさ」
 浜田のてのひらから落とされた小さな包みは、俺も良く目にしていたタカヤの工房の印が入った革の袋。
 ……しゃらりと中で冷たい音を立てたのは。
 「レン、の」
 「努力の証なんだろ。お前も見てた」
 「ん。で、用件はこれだけじゃないんだろ」
 ぎゅうと握りしめてから、紐を首にかける。
 誰の発案だか知らねえけど、便利で良い。
 「立ち話で住むほど短い用件じゃないんだと」
 「? 浜田が?」
 「あー、うん。結構、長い、かも」
 なんか歯切れの悪い浜田は嫌な感じだ。
 嫌な感じだけど、わざわざここまで来たんだから追い返したらもっと俺があれだ。
 レンがいたら、悲しそうな顔される。
 ……すげぇなあ、レン。いなくても俺はちゃんとお前のこと考えていられる。
 そんな人間今まで一人もいなかった。
 きっといたらどうだとか、そいつだったらどうするだとか。
 「聞く。上がれよ」
 今この時に話すってことはレンに関係あることなんだろ、多分。
 それなら、聞く意味があるんだと思う。嫌な予感がすることだとしても。