女神は微睡む 真珠奪還編1.5




 


 他の何とも形容できない、全て飲み込む闇に囚われる寸前で、利央は目を覚ました。
 全身が汗でびっしょりと濡れていて、夜着がべったりと纏わりついている。
 正直、気持ちが悪い。
 袖を捲くった下の腕にはびっしりと鳥肌が立ち、全く寒くはないのに震えが止まらない。
 「利央、どうした?」
 「ゆ、め」
 「夢?」
 「うん、俺には、夢だった」
 淡い色彩の両目から、堪えようとしても堪えきれない涙が零れる。
 こういう風に泣くのは弟分である廉だけだったはずなのに、と。
 奥歯を噛み締めても、味わった恐怖を拭い去ることが出来ない。
 「随分怖い夢を見たんだな。凄い悲鳴だったぞ」
 「そんなに?」
 「ああ、飛び起きちまった。行水でもして着替えてもう一度寝ると良い」
 「……和さん」
 「なんだ? 一人は怖いか?」
 「怖いよ!」
 叫び返して、大きな手に縋った利央の様子に河合は眉を寄せた。
 強気というか強情というか負けず嫌いの利央にしては珍しく。
 しがみついてわんわんと大声で泣き出した。
 この子供がこんなに感情を露にして泣くのは真珠に関わること意外では本当に珍しい。
 「茶化して悪かったな。ああほら落ち着け。息が苦しくなるぞ」
 ぐずる体を抱き上げて湯浴み場に連れて行く。
 もうそろそろ日付が変わる時刻になってようやく疲れを癒したばかりの湯はまだ温かく、利央の心を解した。
 「和さん、俺には夢だったけど、夢じゃないかもしれない」
 「……そうか。どんな夢だったか聞いても良いか?」
 「うん」
 蜂蜜を溶かした花茶の器を小さな両手で抱えて、一言一言紡がれた夢の内容は、正しく。
 利央にとっては現実味のない『夢』であるが。
 望む望まざるに関わらず同じく海の貴婦人の最愛の片割れである真珠と縁が深い珊瑚が見たとなれば、それは。
 真珠の身に起きた現実、である可能性が非常に高い。
 が、それを表情に出すような河合ではない。
 柘榴石の騎士が他の十二席に不安を与えるような言動をしてはならないと、厳しく己を律しているのと同時に。
 「どんな夢も人に内容を伝えると嘘になる。だからお前が見たのもただの夢だ、利央」
 「ほんと、に?」
 「俺が嘘をついたことがあるか?」
 「ない! うん、和さんは絶対に嘘つかないもんね」
 「だろ? だから安心して眠って良い」
 今日は俺の寝台で一緒に眠るか? 笑いながらの誘いに口を尖らせながらも頷くこの子供の。
 大切な同士の、幸せを願う心を傷付けたくないと河合自身が願っているから。
 だから。
 「……早く帰って来い」
 夢が夢であるようにと、祈った。