女神は微睡む 真珠奪還編3






 今のところ片割れに引き寄せられているはずの半身が反応する方角に進む、ということしかできない。
 馬を使ったらわずかな手掛かりを見落としそうな気がしたし、何より治安が良い地方なので街道沿いに進むことにした。
 治安が良い最大の理由は、中央の直轄領と忠臣が治めている領地だから。
 強大な力を持つ国は周辺にも注意を怠らず要所要所に関所やら役所やらが置いてある。
 抜け道を探すような商人たちは監視の目が厳しい国で細々と裏の商売をするよりももっと楽に稼げる国を選ぶ。 
 犯罪に対する取り締まりは他の国とは比べ物にならないくらい厳しく、終身刑なんてものも存在する。
 ので、普通の人間が旅をする分には至って問題がない。むしろ安全第一素敵な旅、というやつなのだが。
 「あのさー、俺お前らよりずっと鈍感にできてる自覚があんだけどさ?」
 頭から被るような外套はこの地域では悪目立ちするからという理由ですっかり軽装に変えて大きな荷物を抱え。
 それでもまだ目立つ、浜田の腰に佩いた業物。
 榛名や高瀬の剣とはまた違う刀、というその半身は必要なときにだけ呼び出すということができない。
 浜田が十二席に復帰する際の代償の一つ、半身との断絶によって。
 本来なら所有者の意志に応じるはずの半身が浜田の場合は最も長く連れ添っている獲物と化してしまった。
 手放しはしないしこれ以外の己の武器など考えたこともない、と肌身離せないそれだけをまだ半身として認めている。
 「お前が俺より敏感だったら商売上がったりだ」
 「だよなー。で、どうしたよ浜田」
 「すっごいちくちく視線が刺さってるんだけど、なんでかなと思ってさ」
 「俺が色男だからだろ」
 「は? 俺がだろ」
 「や、そういうどっちかってーと好意的な感じのじゃない気がすんだけど?」
 また女神への助力を仰げず歌を歌うこともできない。
 女神の祝福だけが注がれている状態にある。よって、鈍い。
 女神の力や女神と相対するものが発している力、瘴気や呪術関連に対する感応力が極度に低い。
 本人が「崖っぷち十二席」と自称するくらい、浜田は本来持っていたはずの騎士の力を失っている。
 そんな浜田でさえ感じる、不快な視線。
 「そんなんここが中央に近いからだろ、馬鹿浜田」
 あっさりと言い捨てた榛名に、否榛名が首から下げている十二席だけが持つ特別な通行証に注がれる敵意。
 中央と神殿、ひいては女神の十二席とは当代は特に相性が良くない。
 一方的に恨まれるだけのことを、敵意も悪意も甘んじて受けなければならないだけのことを神殿はしている。
 「え、あー、そっか」
 「こればっかりはどうしようもないしな」
 大手を振って十二席だと公言しているのだから、非難の対象となっても仕方がない。
 本来であれば今や王弟の地位に就いていたはずの人間が神殿によって連れ去られ二度と国に戻らない。
 人攫いだと怒鳴られるのは、まあ仕方がないことだ。
 「もうそろそろしまうか? こっから先俺らより噂の方が早く着きそうだし」
 「の方が無難だろうな。宿が取れなくなっても困るし」
 安全対策で却って支障が出ては元も子もない。
 じゃらりと首から外した通行証を無造作に背負い袋に詰めて何事もなかったかのように再び街道に戻った。
 



 「侵食具合はどうだ?」
 「大して変わんねえ、ように見える」
 「変わってるって。ほんの少し伸びてるだろ。ほら、ここ」
 夜毎宿で確認をするのは真珠の半身に絡みついた赤黒い文様。
 僅かずつではあるが確実に伸びていくそれが何を意味しているのか正確なところは分からない。
 それでも嫌だ、という不快感こそ何かが起きている証。
 「一気にじゃなくてじりじり伸びてる。呪術以外のなんでもないだろ」
 鈍感を自覚している浜田でさえ指さすだけで決して触れようとしない蔦は。
 生き物ではあり得ないのに、成長しているのだという。
 言われてみれば確かに伸びているような、いないような。
 鈍いだの鈍臭いだの言われている浜田だが、それは騎士に必要な感覚が欠けているのであって常人と同じというわけではない。
 寧ろ騎士であるが故に補われている能力を自ら磨くことに余念がないため、剣士としては高い技量を持っている。
 「……あ」
 「どうしたよ、高瀬」
 「いや、呪術だったらお前がどうにかできるんじゃないのかなと思って」
 「は?」
 「あ、そっか。得意じゃんか、対物浄化。試してみたらどうよ」
 盲点だった、と認めたくはないが確かに廉に対しては効果がなかった榛名の浄化能力だが、半身に対してならば。
 効果がある可能性を否定しきれない。
 「触れば良いんか?」
 「いつもどおりで良いんじゃ……お」
 親石に榛名の指が触れた瞬間、光が刀身を伝った。
 光が水になることがあるのならば、今まさにその清らかな流れが刀身をゆっくりと包み込んでいる。
 「お前そんなことできたっけ?」
 「うんにゃ。これ、俺の力じゃねえぞ」
 自分の力が欲されているのだという認識はあるが、吸い取られるわけでもなくただゆるゆると。
 刀身を柔らかく包み込む清浄の光は、ひたすら優しく。
 榛名の普段の力の使い方とは大きく異なっている。
 「……廉だ」
 「「は?」」
 「廉に、繋がってるぞ、お前の力」
 自分に納得させるように呟いた高瀬は、榛名と浜田を見ないまま自分も真珠の親石に手を伸ばす。
 自身に冠されている翠玉色の光が緩く親石から刀身に伝わり、榛名の力同様柔らかく半身を包む。
 「半身ってそういう使い方もありなんだな」
 光を吸い込むでも弾き返すでもなく、包まれる。
 爪の先ほどだが、赤黒い不吉な文様が消えたように浜田には見えた。
 「なあ、これ真珠に伝わってんなら真珠のところに転移できるんじゃないの?」
 思いつきで口にしたその言葉が、わずかに現実味を帯びて三人の間に横たわった。