女神は微睡む 真珠奪還編4 問題は転移の歌が、まあ、歌えるにしても女神の力をあまり借りられないところにある。 三人一度に転移は、浜田がいる限り不可能で、高瀬一人の力じゃ二人飛ぶには足りなくて、俺のをそこに合わせてもさして変わらない。 物だけならば十分転移させられるようにはなったのだけれども、人はかなりの集中力と力を要して、俺には決定的に集中力が足りない。 誰か一人だけ転移して、それでどうにかなる状況なら構わないけれど、今真珠が置かれている状況が安全なものなのか。 それとも危険なものなのか、十二席が一人で対応しきれるものなのか、否か。 考えなくてはならないことは、山のようにあるけれど。 「……飛べると思うか?」 そこが火の中だろうが水の中だろうが冥府の輩の本拠地だろうがどこだろうが。 あの手をもう二度と離さないためにならば、どこへだって行ける。 「視る、のは行けるんじゃないか? まあ、俺しかできないけど」 「んじゃそれでちょっと様子見してみんのは?」 恐る恐る手を伸ばした、浜田の指先からも青い光が緩やかに伝っていって光の波に同化する。 完全に消えはしない禍々しい文様が少しでも小さく、その刃紋を乱していた要素が欠けるのなら。 力が、願いが真珠の半身に届いているのなら。 「やらないって選択肢の方があり得ない、か」 「すぐにできんのか?」 「精度を高めるなら水垢離が必要だけど、とりあえず、でやるんならお前らが黙ってりゃどうにかなる」 「「了解」」 「……見るのもなしな、気が散る」 揃った声に物凄く嫌そうな顔をした高瀬への反論を目線で浜田と互いに封じ合って部屋を出ることにした。 ……出たところで気になって気になって仕方が無いのだけれど。 「で、俺ら放り出したからにはなんか収穫があったんだよなあ?」 「……あるっちゃ、あったんだけど、な」 「なんだよ歯切れ悪いな。どんな情報でも別に責めたりなんかしないぜ? な、榛名」 「ああ……どうしたよ、高瀬」 階下の食堂に場所を移したものの食が進むでもなければ酒が美味いわけでもなく、とりあえず名産だという食べ物を突いていた二人の卓に、げっそりとまでは行かずとも多少顔色が悪くなった高瀬が着いたので二人で目線を交わして。 まあとりあえず酒、と麦酒を三つ、露出は多くないが豊満な肉体を売り物にしていたに間違いない女将に笑顔で注文を告げた。 愛想が素晴らしくよろしい彼女は酒以外に皿を数枚ととびきり魅惑的な笑顔を置いて踵を返していく。 「あー、すっげぇおっかさんって感じだな」 「そういうもんか?」 「ああ、そっか。あんま覚えてないんだっけか?」 「まあな。で、とりあえず見えたっちゃ見えたんだけどさ」 ぐびりと一息で半分以上器を干した高瀬は、ため息と共に吐き出す。 「城が、見えた」 華美ではなく堅固で重厚な造りのあれは、恐らく中央のそれだ。 どこかの民家ではなく、城。 冥府の輩とは違う意味で、話し合いで解決できる相手ではない。 もし、相手が臣下ならまだどうにか打てるべき手が見つかるかもしれないが、相手が王となると話は別物だ。 どこかの王、ならそれもまた意味合いが異なってくるけれど、相手が中央の王、であるとするなら。 弟を、利央を、珊瑚として奪われた国の長がもし真珠を保護していたとしたら。 ……交渉の手札として扱われるのなら、良い。 でも、人として。一人の子供として真珠が扱われるとしたら。 彼はもう二度と、自分の目の届く範囲でそれを許しはしないだろうし、ましてや自分の手元にいるとなれば絶対に手放すことなど、ありえないだろう。 「城って、レンの姿は?」 「見えなかった。違うな、見せてもらえなかった、が多分正しい」 「どういう意味だよ」 「あそこの王様は、そういう力を持ってるってことか?」 「少なくとも城全体をそういうもので守ってるのは間違いないと思う」 「……潜り込めると思うか?」 「俺と榛名は顔を知られてるだろ」 もう一息で器を空にした高瀬と、一息で器を空にした榛名の視線が一箇所で止まる。 避けようのない強い二対の視線に、ため息を吐き出してから一息で麦酒を呷り。 期待ではなく、向けられたそれに応えるべく、頷き返す。 「でもさあ、簡単に目通りが願える相手じゃないだろ」 相手は一国の主。こちらは素性を隠せば隠すほど怪しんで下さいと言っているようなもの。 手放すことができない半身で更に周囲の目を引くこと間違いなし。 「「そんぐらいどうにかしろ」」 「大体てめぇにしかできねえんだから喜んで! くらい言えよな」 「骨ぐらいは拾ってやるから」 女将酒! と重なった声に、こんなときばっかり意気投合するなよと思いつつ。 「俺もお替り!!」 空の器を振りかざして、とりあえず飲むことに決めた。