1 とてもナイーブないきものです 愛くるしいっていうのはこういうのをいうのかな、と妙に冷静に俺は思った。 「花井、物凄く面白いことになってるんだけど。うん、部室」 高校にはいないはずの大きさの子供が二人。 お腹の辺りにバスタオルをかけて寝転がってる。 「どうしようか、巣山」 「どうするもこうするも、基本はこれじゃないのか」 なんかもう本当にあっさりと我に返った巣山が構えているのは携帯。というかカメラ。 最初についたのが1組の俺たちで良かったと安堵した矢先のちょっと裏切りだ。 てか泉はどうしたんだろう。 この二人がこの状態で保護者がいないのはおかしい。 ……あれ、でも。 「よー」 振り返れば声の主は当の本人。 ぶら下げているのは白いビニール袋。中身は、お菓子と飲み物? 「あのタオルって泉が?」 「ああ。風邪引いたら困ると思って」 至極冷静な泉が第一発見者なんだろう。 朝から練習。昼食後に昼寝、と飛び出していった田島の手はしっかりと三橋の手を握っていて。 俺も、とゆったり後をついていった泉。 練習を再開するよ、と起こしに来た俺たち。 「あのさ、どうしてこんなことに?」 「ちょっと目を離した隙に。あー、やっぱ腫れちゃってるな。しのーか、アイスノンの小さいのある?」 「あるよ! ちょっと待っててね」 ……順応してる篠岡、ということは既に事態を理解していて。 「夢かと思ったんだけどそうじゃなくって。ああ、そういえば」 「子供の頃は夏休みって全部遊べて良かった、って。そんなこと言ってたよね。はい、これ使って」 「さんきゅ」 願いが叶ったといえば叶ったのかもしれないけれど。 そんなまさか、なんだって。 「田島は楽しんでたけど三橋は泣いちゃってさ。で、ご機嫌取りに買い物に出てた」 「泣き疲れて寝ちゃったんだねー」 うん、それ以外の想像は全く俺にもできないけれど。 「なあ?」 田島と三橋の可愛らしい姿をすっかり収めた巣山の声に意識を切り替える。 「それでこの二人はどうするんだ?」 ……ああ、可愛いとかじゃなくてそれって大問題だ。 「えー、なるようになるって。なー、みはし」 「で、も」 午後の練習は勿論中止。 「絶対にボールは投げさせないからな」 「……元に戻ったとき体に何かあったら大変だからな」 花井を呼べばもれなく阿部がついてくる。 仁王と化した阿部に怯えきった三橋は花井の背中でびくびくして。 水谷を馬にして上機嫌な田島は次のターゲットを巣山にロックオン。 「大丈夫。ちゃんと戻れるよ」 妹が小さいせいか、小さい子の扱いが非常に上手な西広は涙目の三橋を上手に宥めている。 「きっかけがものっそい単純なんだから同じようにすりゃ良いんじゃないのか?」 潰れてしまった水谷から田島を持ち上げて巣山に手渡した泉とうちわで水谷扇いでやっている沖。 ……違和感が全く無いというか、馴染めてしまう俺らの順応性って非常に高いんじゃないだろうか。 「同じようにって、早く大きくなって野球ができますように、で大人になられちゃっても困るけど」 「……どうしろって言うんだよ」 がるるる、と阿部が唸ればひぃっと三橋が悲鳴を上げる。 ……ああ、いつもどおりっぽい、なんて暢気に思っている場合じゃない。 元の、今の二人に戻ってもらう方法。 「あの、さ」 「沖、なんか妙案?」 「や、妙案って程のものじゃないんだけど」 こういうのはどうかな、と話し始めた内容は。 「……ちょっと地味に感動じゃない?」 「だな」 沖が言ったとおりのことを願ってもらいながら眠った二人の様子を三十分後に見に来てみたら。 いつもの大きさに戻って、二人で仲良く並んで眠っていた。 「「一緒に甲子園に行けますように」」 常日頃からそれを口にしている田島と、願いを口に出せるようになった三橋。 二人が今に戻るキーワードになるかもしれない、と言ったとおりに。 「ピッチャーってのはなかなか不思議な生き物だってのは聞いたことがあるけどな」 「天才も不思議な生き物だってことだね。まぁ、当たり前なんだろうけど」 さて、皆を呼んで今度こそ練習再開するぞ、と部室を後にした花井を見送って俺は二人を起こしにかかる。 「さ、夢を実現するための練習を始めるよ」