7 しんらいかんをもってもらうのがたいせつです







 苦手なタイプの人間であることは認める。
 言いたいことがあるなら人の顔色なんざ窺わないでさっさと言え、とか。
 なんで声かけただけでそんなに驚くんだ、とか。
 こいつが投手じゃなかったら、野球をやっていなかったら、きっと一生俺とは縁が無いタイプの人間だとさえ思う。
 きっとこいつも同じだろう。
 すぐ怒るし無愛想だし言葉は乱暴だしがさつな俺との共通項なんて野球くらいしか見当たらない。
 だからといって。

 「三橋、お前いい加減に」
 「っ!」
 「三橋、大丈夫だよ。阿部は怒ってるんじゃないから」

 いつまでも間に誰かを挟んで会話っていうのはどうなんだ。
 虚しくなるじゃないか、俺が。

 「お、怒って、な、い?」
 「怒ってねぇよ」
 「阿部、その言い方が」
 「うっせぇ」
 「……っ!」
 「…………阿部って」

 バッテリーだろ、俺たち。
 なのになんでこんなに硬くなられなきゃならないんだ?
 俺はこいつに尽くしてやりたいんだって思ってんのに、どうしてこいつには伝わらないんだよ。

 「頭冷やしてくる」
 「あ、阿部く」
 
 困らせたいわけじゃない。
 泣かせたいわけでもない。
 ただ俺の言葉をきちんと受け取ってほしい。
 それだけの、ことが。

 「ありゃ? なんだ、阿部が落ち込んでんのかよ。めずらしーな」
 「余計なお世話だ」
 「だって落ち込むのは三橋の得意技じゃんか。あ、三橋も凹んでるだろ」
 「……なんでそう思うんだよ」
 「阿部が落ち込むのなんて三橋のこと以外で無いじゃんか」
 「そうか?」
 「そうだよ。で、阿部のこと怒らせたって三橋は三橋で落ち込んでんだ」

 それ以外に答えなどありはしないという顔で田島は断言する。
 俺は、あいつに関して何が断言できるようなことがあっただろうか。
 すぐに、思いつかない。

 「あれしろよ、あれ」
 「あれ、だ?」
 「手さ、ぎゅーってしてみろよ。で、温かくなるまで待ってやりゃ良いじゃん」
 「……ならなかったら?」
 「なるまで待つんだって」
 「だからならなかったらどうすりゃ良いんだよ!?」

 分かってる。三橋がコミュニケーションとかそういうものを苦手としていることくらい。
 分かってはいるんだ、頭では。
 でも。

 「温めてやりゃ良いじゃんよ」
 「温め、る?」
 「握って足りないんだったら包んでやりゃ良いじゃん。時間かかっかもしんないけどさ」

 田島の言葉に迷いはない。 
 いっそ清々しいくらいだ。

 「あ、でも三橋ぎゅーってすっともっと喜ぶんだぞ?」
 「はぁ?」
 「顔真っ赤になるんだけどさ、嬉しそうに笑うんだ。それがちょー可愛い」
 「……おい?」
 「だから阿部は手だけな。勿体無いから」

 言いたいことだけ言って。
 田島は俺が飛び出してきた部室へ向かっていく。
 ……可愛い、だ?
 
 「あれお帰り阿部」
 「あ、べく」
 
 保護者よろしく三橋を宥めている栄口の顔には苦笑。
 無愛想な顔は元からだ。

 「手ぇ出せ」
 「ふ、ぇ」
 「良いから出せ!」

 ああもうじれったい! と俺から歩み寄ってぎゅーっと手を握ってみる。
 ……相変わらず冷たくて、いつになったら温かくなってくれんだか分かんない手。

 「キャッチボールするときみたいにちゃんと俺のこと見ろってんだ、お前は」
 「う」
 「う、じゃねぇよ。会話もキャッチボールになんないんじゃ虚しいだろ」
 「暴投の連続っていうか、パスボールっていうか、だもんね」
 
 栄口の突っ込みに返す言葉もない。
 握った手も温かくならない。
 ……どうしろってんだよ、本当に。
 泣きたくなってくるじゃないか。

 「俺だって、お前の手を温めてやりてぇんだよ」

 握るから包むに変えて。
 この冷えた指先に少しでも俺の体温が伝われ、と願う。
 
 「あ、あの」
 「三橋、左手、貸して?」
 「……おい」
 「今だけ右手は阿部に譲ってあげるからさ。左手」

 祈るように目を閉じた瞬間に、三橋と呼びかけつつ俺の手を引き剥がしにかかった栄口。
 仕方なく解放して、俺は右手を。
 栄口は左手を両手で包み込む。

 「三橋、俺もだよ」
 「え?」
 「俺も、三橋の手温めてあげたい。俺だけじゃなくて、皆思ってるよ」

 笑顔で三橋に語りかける栄口と。
 つられてふにゃりと笑う三橋。
 ……自分で言っておいてなんだけど、臭くないか、俺。

 「だからさ、三橋ももうちょっとだけ皆の体温貰うことに慣れちゃいな」
 「う、ぁ」
 「体温だけじゃねぇだろ」
 「まあね」
 「?」
 「差し出されたもんは素直に受け取っておけよ。食いもんだけじゃなくてな」

 どんなに分け与えようとしても、受け取ってくれる意思がない限り熱は一方通行だ。
 虚しくなるのではなくて、苛立つのではなくて、受け取り方を教えてやることから始めればいい。

 「は、い」

 至極真面目な顔で頷いたその指先がほんの少し温かくなった気が、した。