03.今すぐキスしよう絶対しよう




 


 好きになるんなら自分より背が低くて。
 甘いお菓子みたいで、笑顔が凄く可愛くて。
 いつも俺を応援してくれる子だと思ってた。
 んでも想像と現実は違って。
 
 ほんの少しだけ高い背。
 甘い匂いがするのはお菓子が大好きだから。
 笑顔がちょっと引きつったり、全開じゃないのは、それを忘れちゃったから。
 でも応援はしてくれる。
 俺を信じてくれる。
 カッコイイって言ってくれる。
 凄いって言ってくれる。
 
 今まで打席に立つのは自分対ピッチャー。
 自分のため、強いピッチャーを倒すため。
 それがほとんどだった。今だってそれは変わらない。
 けど。
 打ってやりたい。
 点を取ってやりたい。
 勝たせてやりたい。
 そういうふうに思って、打席に立つのはこいつと会ってから。
 俺には真似できない九分割のストライクゾーン。
 努力しなくちゃあんなの出来ない。
 でも自分の努力を認めてやってない。
 自分がどれだけ凄いのか、自分が一番分かってない。
 だけど俺たちは知ってるから。
 俺は知ってるから。
 だから、勝たせてやりたい。
 そう、思った初めての奴。

 勝たせてやりたいって思うのと。
 俺だけのものにしたいっていう気持ちが。
 ごちゃ混ぜで、でもどっちも本当で。
 こういうの、恋なんだって。
 思ったら、もう、ごちゃごちゃ悩んでる必要は無くなった。
 
 「みーはし!」
 「田島、くん」
 「俺が言ってる好き、分かるようになったか?」

 三橋の一番は野球で投げることで、それは俺も変わらないんだけど。
 三橋の好きは一つしかなくて、俺は好きに種類がある。
 俺の好きは三橋には伝わらなくて。

 「ごめん、なさっ」
 「いーっていーって」

 真っ赤になって首をぶるぶる振る三橋を苛めたいんじゃないから。

 「田島、お前ねぇ」
 「何、泉」
 「そういうのは個人差があるんだって何度言ったら分かるわけ?」
 「だから毎日言ってるんじゃん」
 「それが三橋にとっては迷惑かもしれないってことだろ」
 「三橋、俺に好きって言われるの嫌か?」
 「ち、ちがっ」
 「だろ? 良いじゃん俺が三橋を好きなんだから」
 「毎日三橋を困らせてどうするんだよ」
 「あー、じゃ二日に一回にする」
 「そういう問題じゃないだろ」

 何か最近泉がうるさい。
 俺が三橋に好きって言うたびに、お前のそれはしつこいだとか迷惑だって言う。
 だって言わなくちゃ分かんないじゃんか。
 俺の特別の好き、三橋に伝わんないじゃんか。

 「お、俺も田島君、好き、だよ」
 「おう」

 ほら、今日も伝わってない俺の好き。
 どうしたら伝わんのかな。





 「自分の気持ち伝えることしか考えてない奴に恋は無理だっての」
 「じゃどうすりゃ良いんだよ」
 「とりあえず大声で確認すんのは止めてやれ。でもって頼むから阿部がいるところでは言わないでくれ」
 
 飯食うとき、俺は泉と花井に挟まれて。
 三橋は栄口と水谷に挟まれて、隣に座れない。
 水谷なんて阿部に睨まれて真っ青な顔してるけど三橋の隣を譲らない。
 間を抜けていこうと思うんだけど、巣山とか浜田にさりげなく邪魔される。
 三橋の隣で食った方がもっと美味いのにさ、飯。

 「どうして特別の好きが三橋には無いんだろ」
 「……そりゃ」
 「お前」
 「西浦に三橋苛める奴なんかいないじゃんか。いても俺らが守ってやれるじゃんか」

 好きって言われ慣れてないから、好きの区別が付かないんだよって栄口は言ってた。
 だから毎日言って慣れてもらおうと思ったのに、迷惑だって泉に言われた。

 「だとしても、三橋はまだ怖いんだよ」
 「何が」
 「多分意識はしてないと思うけどな、お前が欠けたら野球は出来ないんだ。人数の問題じゃない。四番が欠けたらエースは困るだろ」
 「何だよそれ」
 「三橋にはまだ野球を奪われることに対しての恐怖心が残ってるってこと」
 「誰があいつから投げること取り上げるんだよ。そんな奴いたら俺絶対に許さないぞ」
 「田島、俺たちだってそれは同じだって。でも三橋にはそれがまだ上手く伝わってないんだ」
 「……なんでだよ」
 「俺たちだっていつも言ってるだろ。お前は凄いピッチャーだって。ダメピーじゃないって。でも三橋は納得しない」
 「俺のも、一緒なのか?」
 「似たようなもんだ。田島君みたいな凄い人が俺を好きになるはず無いって思ってるぞ、きっと」

 腹が立った。そんなことなんで勝手に決め付けるんだって。
 同時にそんな風に三橋をしちゃった奴らにも腹が立った。
 で、悲しくなった。
 やっぱり俺の好きは三橋には全然届いてなかったから。





 「三橋、ちょっとちょっと」
 「な、に?」
 「手、貸して」

 不思議そうに首傾げて、でも差し出して俺の手にそっと自分の手を重ねてくれた。
 ひんやりしてる手。
 俺のはほかほかだから、俺の体温を分けてやる。
 瞑想のときみたいに、でも二人だから両手を繋いで座る。
 まだ誰もいない部室。
 最初は冷たいと思ってた三橋の手がだんだんあったかくなってくる。

 「三橋」
 「な、に?」
 「俺、お前が好きだ」

 体温と一緒に俺の心も分けてやれたら良いのに。
 そしたら俺が三橋をどういう風に思ってるのか三橋にも分かるのに。

 「俺、も、だよ」
 「違う。俺の好きはさ、お前が一番の好きなんだぞ?」
 「俺が、一番?」
 「野球と同じ。俺の一番」
 「分かん、ない、よ」
 「俺が野球好きなのも?」
 「それは、分かる、けど」
 「野球とおんなじくらい三橋も好き。特別の好き」

 手だけじゃ、足りない。

 「だって、俺、なんか」
 「なんか、じゃない」
 「でも、俺、ダメピーで」
 「全然駄目じゃない。三橋は凄い」
 「田島君の方が、凄い、よ」
 「んじゃその凄い俺が凄いって言うんだから三橋も凄い」
 「……そう、なの?」
 「そうなの! 手、繋いでるのに分かんない?」
 「う、わ」
 「そしたらキスしようぜ」
 「キ、ス?」
 「手繋ぐよりももっと近いじゃんか。な、キスしよ三橋」

 目、開けたまんまで。
 ちゅ、ってちょこっと口と口くっつけるだけのキス。
 それなのに心臓が爆発しそうになってる。

 「三橋、三橋、触って」
 「……あ」
 「凄いドキドキしてるだろ? これ、特別の好きのドキドキ!」
 「特別の、好きの、ドキドキ?」
 「三橋もすっげードキドキしてる!」
 「う お」
 「三橋のも、特別の好きのドキドキ?」

 真っ赤になった三橋の顔が。
 縦に一回だけ動きかけて、止まった。

 「そう、かも」
 「えー、俺の本気伝わんなかったのかよー」
 「ちょっと、だった、から」
 
 分かんなかった、って。
 顔真っ赤にして下向いた三橋の。
 おでこにちゅーっと口をくっつけてみる。

 「た、田島く」
 「他のとこでも、すげぇドキドキする」
 「あ」
 「好きの代わりにこれしたら、俺の好き、三橋にも分かる?」

 びっくりしたせいでまたひんやりに戻った手にもキスする。
 指先にも、手首の近くにも。
 俺のドキドキが三橋にも移る。

 「じゃ、明日からはこれな!」

 俺の好きが三橋に分かるし。
 三橋も特別の好きのドキドキが分かるから。

 たくさんたくさんキスをしよう。