04.俺も狼だからいつだって安全って思わないでね




 最近胃が痛い。
 花井の苦労性と栄口の苦労性が俺に乗り移ったんじゃないかって思うほど、胃が痛い。
 や、別に今気にかけているこれが不愉快だから胃が痛むんじゃない。
 それだけは絶対にない。
 寧ろ、気になって気になって仕方がないとは、思う。
 できるならくっついちゃって欲しい。不純同性交友、俺は気にしない。
 だがしかし。

 「田島、花井だぞ、あれは」
 「分かってるー」
 「……お母さんみたいなもんなんだからな?」
 「知ってるー」
 「分かってんならそんなにむくれるなっての」
 「だってさー」

 今まで好きだ好きだと連呼するだけだった田島が。
 本格的に恋に盲目ってやつになってしまったらしい。
 もう誰かが三橋に構うだけで不機嫌絶好調だ。
 まるで阿部を見てるような気がしないでもないが、あれとはもう次元が違う。

 「はーなーいー」
 「た、田島の分もあるぞ?」
 「マジで!?」

 餌に釣られるフリ。
 あくまでもフリ。
 恐るべきは花井を三橋から遠ざけて、自分は三橋にべったりと引っ付く。
 その一連の動作をごくごく自然に。
 三橋には全く気付かれないようにしてしまう、田島だ。
 一応俺は田島係なのだけれども、もう半分以上匙を投げている。
 花井でさえあの始末。
 水谷は既に田島が垣間見せる鋭い眼光に震え上がり、栄口一人に三橋係を押し付け、俺と係を代わってくれるように頼んでくる有様だ。
 
 「最近田島怖くないか?」
 「あー、お前にも分かるようになったんだ? そんなに?」
 「俺にもって、お前ね。この間三橋のシャツのボタン取れかけてるの直そうとしたら噛み付かれそうになったぜ?」
 「水谷なんか三橋の頭撫でたら田島ダイブに遭ったぞ」
 「ええ?」
 「餌付けする女子からもそこはかとなく三橋のガードだ。さて、ここから導き出される結論は?」

 分かりきっている。独占欲というやつだ。
 
 「あいつら、付き合ってんの?」
 「それがどっこい。田島の片想い」
 「……マジで?」
 「マジで。失恋はしてないけど告白の返事も貰ってない状態」
 「…………なんなんだ、それ」

 浜田が首を傾げるのも当然だ。
 田島は三橋が好きだと三橋に自身に言った。
 そりゃもう何度も何度も。
 そのたびに三橋も田島を好きだと言う。
 けれどもこの二人の好きの間には大きな違いがあるような気がして。
 三橋の好きの正体が、友達としてのそれなのか、それとも恋愛対象のそれなのか。
 そもそも恋愛感情の好きという気持ちを持てるほどに、三橋が人と触れ合うことに慣れているとは思えない。
 きっと三橋には田島の気持ちを受け入れるだけの準備が、まだできていない。
 準備が整う前にもし万が一田島が暴走してしまったとしたら?
 それを、俺たちは一番気にしている。






 「田島、ちょっとだけ話があるんだけど、良いか?」
 「なに?」
 「三橋のこと。あれから、なんか変わったか?」

 掃除場所が三橋と離れたのをこれ幸いと、田島に話を振ってみる。
 教室で不機嫌にしている田島だが、三橋と二人で先に部室に行った後だとかは酷く上機嫌だったりもする。
 
 「んー、ちょっと」
 「なんだそれ」
 「好きって口に出して言うよりももっと良い方法があったんだよね」

 機嫌は上昇中だ。
 珍しく掃除に真剣に取り組んだかと思えば、視界の端に三橋を捉えて後片付けもそのままに走り出して行った。

 「……もっと良い方法ってのが、ポイントか?」
 「それ以外になんかあるか?」
 「でもさー、部室で何すんの?」
 「「「は?」」」
 「や、だって部室って別に田島と三橋の二人っきりの時間がそんなにたくさんあるでもないしさ」

 見守ろうの会の定期報告中(つまり部活前の着替え中)に俺はさっきの田島の様子を話してみた。
 確かに水谷の指摘どおり、ちゃっちゃか着替える田島とゆっくり着替える三橋とじゃここにいる時間の長さも違う。
 百歩譲って田島が三橋が着替え終わるのを待っていたとしても、その間に部員はどんどん来る。
 てか今だって三橋は着替えているのに田島はもうグラウンドに向かって行ってしまった。やっぱり上機嫌で。
 
 「そう言われてみれば、そうだな」
 「不思議だねぇ」

 首を傾げる首脳陣(−1)を他所に、水谷は三橋に直進していた。
 ……なんか、嫌な予感がするのは俺の気のせいだろうか。

 「三橋」
 「う お?」
 「さっき外ですれ違ったときに田島が凄く機嫌が良かったんだけどさ、なんか知ってる?」

 水谷の問いに、三橋は。
 …………赤く、顔を染めただけ。
 おい。

 「どう解釈すれば良いんだよ」
 「本気で胃が痛い……」
 「でもいくら田島でもヤっちゃうには絶対的に時間が足り」
 「「「水谷!」」」

 止めるのが、遅すぎた。
 さっき嫌な予感がしたときに止めておけば、良かった。
 
 「誰が何をするんだって?」
 「あ、べ」
 「なぁ水谷、誰が何をするのに時間が足りないって?」

 かくして恐怖の大魔王は水谷の元に降臨した。



 「三橋」
 「な、に?」
 「田島に何かされたのか?」
 
 水谷を生贄に首脳陣−1と俺は部室を後にした。
 胃の辺りを押さえる花井の顔から血の気が引いていくのは、この際見なかったことにしておく。

 「な、なんにも、ない、 よっ」
 「本当に?」
 
 嘘をつけない三橋の目が泳ぐ。
 ……見守ろうの会、解散して良いのか?

 「おい、足元気をつけないと」
 「う おっ」
 「……言わんこっちゃない。大丈夫か、三橋」
 「う、ん。ありが、とう、ござい、ます」
 
 胃が痛くても花井は花井だ。
 足元が覚束なくなった三橋を器用に片腕で抱きとめると、何かに気付いたようにびくりと身体を凍りつかせた。
 
 「はーなーいー!」
 「げっ」

 花井が三橋を放すよりも早く、田島が三橋を奪い去った。
 ……視力が良ければ足も速い。
 や、でも多分あっちに向かってる俺らの姿は見えてたんだろうから駆け寄ってこようとか思ってたのかもしれないけども。

 「三橋!」
 「た、田島君?」
 「おい!」

 そのまま愛の逃避行……って。
 感心してる場合じゃなくて。

 「どうすんだ、これ」
 
 娘を馬の骨に奪われた父親の如く灰になりかけている花井。
 そして水谷から事の顛末を聞きつけたら鬼の形相でグラウンドに向かってくるに違いない阿部。
 迎え撃つのが俺と栄口だけじゃ、どうにも処理し切れそうにない。

 「なるようになることを祈るしかないんじゃない?」

 栄口のため息交じりの言葉に、とりあえず花井を解凍することから始めるしかなかった。