05.そっちが無防備過ぎんのも悪いんだから共犯だよ




 握った手は、相変わらず冷たい。
 でも今はそれがどうしてなのかは気にしない。
 走れ、走れ、走れ。
 
 「た、じま、く」

 切れ切れな三橋の俺を呼ぶ声。
 でも振り返らない。
 振り返れない。
 もっともっと遠くへ。

 「田島、くん」

 引っ張ってたはずなのに、三橋は隣にいた。

 「どこに、行く、の?」
 「だーれもいないとこ」
 「誰、も?」
 「俺と三橋しかいないとこ」

 でも、そんなとこどこにも無い。
 どんなに一生懸命走ったって、ユニフォームのまま学校から飛び出したって。

 「田島、くん」

 俺が握っていたはずの手を、三橋がぎゅっと握っていた。

 「田島、くん」

 学校の隅っこまでしか、走れなかった。
 
 「どう、した、の?」

 ひんやりした手が俺の顔に伸ばされる。

 「どっか、痛い、の?」

 言われて初めて気付いた。
 ぼろぼろ涙を流してる、俺。
 いつもの俺と三橋と逆みたいに。
 三橋が、俺の心配をしてる。

 「俺、お前が好きなんだ」

 たったそれだけのこと。
 伝わらなくて、涙が出る。
 胸が痛い。
 こんなのは初めてで、涙の止め方が分からない。

 「俺も、好き、だよ?」
 「違う」
 「どう、し、て?」
 「だって分かんないって言ったじゃんか」

 俺の好きを三橋は分かんないって言った。
 特別の好きのドキドキを分け合っても。
 伝わんないのが、悔しくて。

 「特別な、ドキドキは、分かる、よっ」

 顔真っ赤にして、三橋が。
 俺の口に、本当に少しだけ。

 「ドキドキ、してるの、分か、る?」
 「……分かる」
 「これが、好き?」
 「おう!」

 ぎゅーっと抱きしめたら、二人で心臓バクバクいってるのが聞こえた。
 嬉しくてもっと引っ付いて。
 今度は俺から三橋にキスする。

 「!」
 「これ、俺だけだかんな。他の奴とはしちゃ駄目なんだぞ?」

 口だけじゃなくてほっぺにも鼻にもいっぱいいっぱいキスをする。
 好きだ好きだ好きだ。
 キスの数だけ俺の好きが三橋に伝わるように。

 「田島君、と、だけ!」

 ふにゃーって笑った三橋の口にもう一回キスをした。
 忘れないようにもう一回。
 離すのがもったいなくてもう一回。
 好きな気持ちが止まらなくてもう一回。

 「俺、三橋が好きだ」
 「俺、も」
 「じゃ、俺たち恋人どーし、だな!」
 「う、ん!」



 つないだ手は離したくなくて、グラウンドに着くまでそのまんまで。

 「たっだいまー!」
 「おかえりー、じゃないだろ」
 「あ、ご、ごめ」
 「三橋は謝んなくても良いって。田島が連れてっちゃったんだし」

 うっかり忘れてたけど、モモカンはまだ来てなかった。
 来てたら頭絞られるとこだった。うひー、ぎりぎりセーフ!

 「で? お前ら俺になんか言うことがあるんじゃないのか?」
 「あ、阿部! そーいうのは部活が終わってからに」
 「うっせぇ。特に田島、お前だお前」
 
 びしーって俺を指差した阿部と。
 その隣でおろおろしてる花井と。
 うーん、なんかこういうの見たことあるぞ。
 何だっけ、こういうときに言うのって。
 確か。

 「こいつは俺が幸せにすっからさ」
 「「ちょっと待てー!!!」」
 「あー、じゃ田島と三橋って」

 阿部と花井が叫んでるのを押し退けた栄口に。

 「おう。ラブラブ!」

 なー、と三橋に言えば、ぶんぶん縦に首を振る。
 
 「マジで? 良かったなー、田島」
 「良くないだろ!」

 復活した阿部が怒鳴るから、三橋がちぢこまっちった。
 まったくさー、怒鳴んのやめてくれっての。

 「何が良くないんだよ。良いじゃねぇか別に」
 「どうせ田島が押し切ったんだろうが」
 「「「は?」」」

 阿部が何言う気なのか、分かる。
 拳、握って。
 飛び掛ろうとするよりも先に阿部が口を開いて。

 「田島に嫌われたら野球ができな」
 「違、う!」

 俺が、止めるはずだったのを。
 真っ赤な顔で。
 涙、ぼろぼろに零して。
 三橋が、叫んだ。

 「違い、ま、す」
 「みは」
 「俺、も、ちゃんと、田島君が」

 好き、なんです、と。
 その言葉を聞いた瞬間に。
 阿部が、笑って。
 
 「そっか。じゃ、今日からはマトモな球投げられるな」
 「は、い」
 「「「ちょっと待てー!!!」」」

 グラウンド中がなんじゃそらの嵐に、なった。
 
 
 

 「じゃあ阿部ってもしかして知ってたんだ?」
 「ああ」
 「ひっでーんだよ阿部。あのあといつもの仏頂面で『で? 何がどうしたんだって?』って繰り返して俺の繊細な」
 「お前のどこがどう繊細なんだよ。繊細って言葉に失礼だろ」
 「ひどっ!」

 俺が三橋に最初に好きって言った次の日に、三橋は阿部に特別の好きってなんなんだっていうの、聞いたんだって。
 で、阿部はそんなん恋だろとか言って、で、恋って何っていう話になったらしくて。
 で、俺が好きって言うたびにキスするたびに三橋はすっげー悩んでて。
 で、その悩みが投球内容にも出てたって阿部は言ってた。
 『俺が三橋のことで知らないことがあるわけが無いだろ』
 だって。むかつく!

 「俺の投手泣かせたら許さないからな」
 「俺の三橋泣かしたら俺がキャッチャーやるからな!」

 三橋を間に挟んで火花ばちばちばち。
 三橋と両思いなのは俺だって言ってんのにさー。

 「娘を取られた父親と、娘を取ってった婿の争いって感じだね」
 「栄口、笑顔で恐ろしいこと言うな」
 「さしづめ花井はお母さん?」
 「それだけは本当に勘弁して下さい」

 外野は外野でなんか言ってるし。
 阿部は阿部で俺の三橋だって言ってんのに、俺から引き離すし。
 うーし。

 「三橋三橋」
 「な、に?」
 「愛してるー!」
 「う おっ」
 「「「何やってんだ田島!」」」
 「三橋は俺の!」

 ぎゅーって抱きしめてちゅーしても良いのは俺だけ!