1年9組というクラスを的確にかつ端的に示す言葉として元も相応しいのがお祭り好き。 よってHRで文化祭の出し物の企画を練ろうとすれば練りに練ったそれは。 ―――ちょっとした、嵐を巻き起こす。 「お前、さあ?」 「やー、楽しくなっちゃってさあ」 あの器用さはこういうときに一番厄介なのだと。 泉は浜田の手の中のモノを見てしみじみ思った。 黒板の隅には『文化祭まであと7日!』の文字。 休み時間になればクラスメートの多くが布と針と糸と格闘中だ。 「リサイクルっていうよりリメイク? 可愛いのができそうなんだぜ」 「ね!」 女子と和気あいあいなのは別に良い。仲が悪いよりもよほど。 ただし縫っているのがそれじゃなければ、の話だ。 「メニュー班もやりたかったんだけど、こっちのが人手が足んないからもー忙しくて忙しくて」 「の割に生き生きしてるぞ」 「分かるー? へへー」 そんなこんなで休み時間中は教室内で暴れちゃダメと女子から厳命が下っている。 ので9組最大の問題児達は大人しく睡眠中。 まぁ、当日メインで働く予定なので今のうちに充電していてもらえた方が都合が良いとも言える。 ……泉もそちら側になる予定。できるなら忘れていたい事実なのだが。 「ま、問題は当日までどうやって隠し通すか、だよな」 出し物の企画書自体は喫茶店ということになっている。表向きは。 コスプレ喫茶、ではないらしい。 制服があってないようなものだから、それを着る生徒もいればそうでもないものもいるから、だということだ。 高校で制服じゃあんまりコスプレじゃないだろうという尤もらしい主張が見事に通ったので喫茶店。 モノは言いようだよな、としみじみ泉は思う。 「へ? 誰に?」 「うちのメンバーに決まってるだろ」 「なんでまた」 「―――想像してみろよ」 誰が何を着るか、が外に漏れてしまったらその瞬間に確実に。 給仕役が一人減り、その奪還に一人、お目付け役、つまり泉が抜ける。 「三橋がそれ着るって知られてみろ。売り上げに大損害が出るぞ」 小さな声で言ったつもりが、妙に大きく教室内に響いた。 その瞬間。 「え、それ困る!」 「絶対に内緒にしなきゃ!」 「衣装作りは放課後教室締め切りで!!」 「てか当の本人達よろしくね、泉君!」 あっという間にクラス全体が極秘ムードに変わった。 秘密を共有しあう背徳感で結束ってどうなんだ、と。 思ったけれど口に出さないでおいた。 これ以上自分の服装にオプションを増やされても困るので。 「了解」 文化祭まで、あと7日。 三橋・田島の両名が機密を漏らさないように留意する係、つまりお守りに指名された泉だった。 一週間、耐えに耐えた泉と。 文化祭・クラスの出し物をNGワードされこれも結構辛かった二人は。 朝からクラスの女子+浜田の格好の遊び道具になっていた。 「三橋君、泣かないの!」 「は、はい」 「田島君、動かないでじっとしてて!」 「えー、無理だって!」 「白と黒とどっちが良い?」 「……好きにしてくれ」 「じゃあ黒ね! 田島がピンクで三橋が白! さ、皆取り掛かって」 目玉商品以外は各自で楽しくお着替えしてね、と。 メイク道具もばっちり用意されている上、やる気に満ち溢れている女子に。 逆らうことができる男子なんてどこにいるだろうか。 イロモノでもなんでも良い。 開き直って着替えているその他の男子はもう諦めを通り越して自棄になっていた。 人間吹っ切れると意味も無く笑える。 「へー、結構おもしれぇ!」 「でしょ?」 前向きに楽しんでいる田島につられて、正直に吹き出した輩はまだ良い。 田島も含め。 「……なぁ?」 「さ、次はメイクメイク!」 一瞬黙られた上、目を逸らされてしまうというのはどうなのだろうか。 「っきゃあー!」 「かわいー!!」 薄化粧まで施され、被せられた鬘の髪を整えられた、その人は。 女子には黄色い声? で叫ばれ、男子にも頬を染められた我らがエースが。 どこをどう見ても泣き出す寸前の顔を俯かせていた。 「化けるよなぁ」 「泉も十分化けてると思うけど?」 「……うっせぇ」 ため息一つ、黒髪の美少女もとい泉は淡い色の頭を撫でた。 「なんで泣いてんだ」 「だ、って」 「可愛いじゃんか、ちゃんと。なあ?」 可愛いというより面白いことになっている田島がクラス一同を振り返るのに。 クラス一同誠意を精一杯頷き返す。 「大丈夫だって。子供のときもしてたじゃんか」 「ハマ、ちゃん!」 「似合ってるし別に変じゃないぜ? それに泉も似たようなもんだから平気だろ」 若干気がかりなことを言っていたような気がしないでもないが。 三橋のヒーローに、浜田に寄せる信頼は絶大だと誰もが知っている。 クラスメイトの祈りが通じたのか、徐々に顔が上がり始める。 「俺、男、なのに」 「可愛いってのは褒めてるんだって。馬鹿にしてるんじゃないからさ」 ヒーローはにっこりと笑顔で断言して。 「俺もずっとこのカッコしててやるから泣くな。な?」 保護者に小さく頷き返して。 「俺もずっとしててやっから!」 男前がぎゅっと手を握りこんで、ようやく。 1年9組、カフェ・スィート。 開店。