イトシイトシトイウココロ



 
 「あいたい、って」
 「……は?」
 唐突に吐き出された言葉に聞き返せば、返事が返ってくるとは思っていませんでした、というか。
 ひとりごとを口に出していたことに気付いた、という顔をされてなんとなく気まずい思いをした。
 (どうすっかな)
 丸くて大きな目が俺を見ながらゆっくりと焦点が合っていくのを見ながら。
 どう言葉を繋ぐべきか、それとも誤魔化すべきかの選択をしていたら。
 「あのね、二種類あるんだ、って、古典の、ときに」
 珍しく三橋が会話を続ける、と言う選択をした。
 ので乗ろうと思うのだが、いかんせん三橋の発言は脈絡がないからどこを捕まえて良いのかに苦労する。
 だから分からなくなったら黙るのではなくて最初に戻る。
 「あいたいに、二種類あるのか?」
 でもって続けられたそれを補えば、話を聞いていなかったから理解できなかったんじゃなくて先を聞かせて欲しいって意思表示になる。
 会話にコツが必要だっていうのは、失敗例(特に阿部。つか主に阿部。ほとんど阿部)を見てりゃ分かるから。
 「うん」
 「どんな?」
 「あの …… あ、う、 え、と」
 先を促したら、言葉に詰まった。
 盗み見た顔色は悪くない。むしろ、赤い。
 これは、本当にひとりごとにしておくべきだったものを俺が拾ってしまったらしい。
 泳ぐ目が一瞬だけ俺を見てすぐに逸らされた。
 さらに赤く染まる顔と、耳。
 「三橋?」
 「お、おおおお、おれ、は、難しい、ほう、だった!」
 先に、部室に行きます! ってなんでだか敬語で常になくカバン引っ掴んで走って教室を出て行った三橋の背中を視線で追いかけて。
 そんなに走ると転ぶぞ、とか待て俺も行くから、とか。
 繋がるはずの言葉と動作のタイミングを逃して。
 「……二種類?」
 珍しくロッカーの中でいつだって出番待ちの国語辞典を引いてみた。
 確かに漢字が二種類載ってるけど、難しい方っつー意味が分からない。
 今度は漢和辞典で引いてみたけど、良く意味が分かんなかったけど、違う読み方があるのが分かったから。
 (授業でも宿題でもないのに辞書引くのって、ないよな)
 もっかい国語辞典を引いて、で。
 思い出したのが、古典って単語だった。
 国語辞典でもなく漢和辞典でもなくて、古語辞典!
 あう、じゃなくて古語だとあれだろ、あふ、だろ。
 ……あれ、つーか今日やったような、百人一首。
 べらべら捲ったのは珍しく起きてた古典の授業のノート。
 引いた線と、注。
 俺の、文字。




 「……栄口とか西広に変な入れ知恵されてんじゃねえだろうな」
 顔が緩んでるのは、鏡なんか見なくても分かる。
 無駄に顔だって赤くなってる。

 ※ただの会う、じゃなくて恋人同士が会うのが逢ふ

 三橋が古典の授業で起きてたのも珍しけりゃそれを覚えてたのも絶対に珍しい。
 (熱あるんじゃないのかあいつ)
 そう思ってる俺の方が熱があるに違いない。
 「いーずみー、どした、ノート広げて固まって。つか写させて?」
 「ぜってえにい・や・だ!」
 全部ひっくるめてロッカーにしまいこんで、代わりにカバンを引っさげて部室へ。
 (一言目はなんて言ってやろう)
 俺も難しい方だぞ、くらいしか思いつけない幸せな頭でただ、走った。


 





 月城 桃華さまへ。
 ご本人様のみ持ち帰り可、です。

 リク内容は月のしずく(RUI)でイズミハでした。
 おかしいな、思いっきり明るいな。