桜闇 第二夜 火は土を生み −乱気踊気(ミダレシキニオドルキ)−


 「お前、何か隠してないか?」
 「荒らぶる火気は抑えられたようだな。ご苦労だった」
 使いの者の制止の声を振り切り、この屋敷の主の私室の戸を勢い良く開いて譲理は開口一番に問うた。
 スーツの裾を翻して中に押し入り、書物から顔も上げずに労いの言葉をかけた護りの要―――名越義晴の向かいに腰を下ろし、義晴は使用しない灰皿を荒々しく引き寄せて煙草に火を点ける。
 紫煙を深く吸い込み、サングラスを引き抜いて青みがかった双眸を露にして譲理は義晴を睨みつけた。
 「夜澄が近くにいれば俺の士気が上がるとか、そういう問題じゃねぇ。俺の力が増幅され過ぎてる」
 「寒河江は倒れなかったか?」
 「倒れるも何も。あんなに強い木気を発してるんだ。体調は絶好調なんだろ」
 「お前は何も感じなかったか?」
 和綴じの本から視線を上げ、義晴が小さな鈴を鳴らした。暫くして女中が戸の外に控える。
 「茶を持て。二人分だ」
 「承知仕りました」
 衣擦れの音が長い廊下を去り、再び戸の外で止まった。
 「ご苦労。家の者にはもう休むように伝えてくれ」
 「承知仕りました」
 余計な言葉は一切口にせず、二人に茶を差し出すと彼女は深く礼をして去っていった。
 「寒河江は供を連れていたか?」
 一口茶を啜り、義晴が眉間に深い皴を寄せながら譲理に訊いた。
 「いや……守役も補佐もいなかったな。奇妙には思ったが、それがどうかしたか?」
 常に影となり彼につき従っているはずの二人の姿が見えなかったことに疑念を抱きはしたが、たまにはそういうこともあるのだろう。それに夜澄一人でも十分に自分を支える気となる。あれ以上の木気があの場に在ればそれは妨げにしかなり得なかった。
 「木気が乱れたときにも、寒河江は金気を必要とはしなかった。土気が乱れたときに、私はその場に存在しないでいいと寒河江に言われた。……これが何を意味するか、お前には分かるか?」
 五行相剋に曰く「金は木に剋つ」「木は土に剋つ」と。金気は乱れた木気を抑え、木気は乱れた土気を抑える。
 その気を統べるのが護り。かと言って護りとて所詮は人間。自分の統べる気を抑え付けられるよりかは自分を支える気を得、自分で抑え付けてしまう方が楽なのである。
 「夜澄には、支える奴も支えることも必要ないってことか? んな馬鹿な」
 「五行の均衡が乱れている、としか言いようがない。寒河江は何も語らないが木気は狂っている。それに……」
 「それに?」
 言葉を濁した義晴を促し、譲理は茶を啜る。事態が譲理の想像が及ばぬほど悪化しているらしいことは苦悶に満ちた義晴の表情を見れば一目瞭然だった。
 「木気を抑える金気も、僅かではあるが狂い始めている。否、木気を抑え付ける為に金気が異常に強まっているとも言える」
 「ちょっと待てよ……」
 「今宵の任にお前と寒河江を就かせたのは少しでも木気を散らせれば、と私が思ったからだ。お前に余計な疑念を抱かせた。すまない」
 静かに頭を下げて、それから義晴は窓から覗く月を見た。
 「神凪が最近寒河江の力になれないと、意地悪をしているのだろうと今日の午前中に私を問い詰めにここまで来た」
 「美咲都が? お前なんて答えたんだ?」
 「あの子供に、真実を伝えることが出来なかった」
 それが余計に神凪を傷付けると分かってはいても、言えなかった。と義晴は目を伏せ、拳を固く握った。
 「悪い。いつまでもお前にばかり負担をかける」
 「気にするな。それが土守の使命なのだから」
 「すまない」
 未だ三十七歳であると言うのに、全ての責を負わねばならない義晴に深く頭を下げ、譲理は名越邸を後にした。


 狂い咲く、金木犀の香に包まれ夜は更けてゆく。





あとがきという名の言い訳
はい、凄いところで終わっていますが第二夜終了です。

あ、と。計算を間違えまして、週に一本ではきちんと完結しないと言う事が分かってしまったので、これからは「凡そ週に一本」と言う何やら言い逃れ可能風味な言葉でお送りしたいと思います。
それにですねぇ、全十話じゃないんですよ、これ。序幕があって、本編十話で終わって、終幕があるんですよね。幕引くのを忘れてました上遠川。ので凡そ週に一本。寧ろ先延ばしせずに出来るだけさくさくと書いていこうかと。
話は既に出来ているのです。
後は打ち込みの際に微妙に修正を施していくだけなのです。

あと幕間も書いてみようか、などと考えています。まぁ、あくまでも書ければですけど。

それでは次回「土は金を生み」でお会いいたしましょう。

20021026
再アップ20080207