桜闇 第三夜 土は金を生み −望反現続(ノゾミニハンジテウツシヨハツヅク)− | されど自ら動くことを止めることなど出来ようはずもない。 堅固な門に閉ざされた内側の気の乱れなど、結界一枚隔ててしまえば外側に僅かたりとて洩れ出ることはない。 常ならばそのような印象を受けるはずの金守の屋敷の門の前に立った義晴は余りの落差に眉を顰めた。 一片の綻びもありはしない完璧過ぎる結界故に内側で暴れまわっている気の量が尋常ではないと十分語っている。 「誰か、いないか」 呼び鈴を押すことも門を叩くことも、否、ここを訪うのに事前の連絡など一切しなかったが、すんなりと門は開かれた。 深呼吸を一つして踏み出そうとした義晴を 「名越様、本日はどの様なご用件で」 眼前に立ち塞がって止めたのは金守の側近中の側近、呉羽雨音。金守―――十折夏也の乳兄弟で守役でもある男が物怖じせずに義晴を見据えて言った。 「土守として金守と……木守に話がある。通してはくれないか」 「貴殿が連絡の一つも寄越さず此方に参られること、当主は予測しておられました。木守殿も確かにここにおられます。しかし、ここから先一歩でも貴方が足を踏み込めば身体を損なう恐れがございます。それでも参られますか」 「話が……成さねばならぬことがあるのだ。頼む」 たとえ身体を損なったとしても、交わさなくてはならないことがある。義晴は雨音に頭を深く下げた。 「どうか頭をお上げ下さい。ただ、私達も相当参っております。二つの力に関わる貴殿の身を思っただけなのです」 「そんなに、辛いか?」 「辛い、と言うよりは抑えが利かない、と言った方が正しいでしょう。どうぞ、お心を強くあって下さい」 さぁ、と招き入れられたその空間に一歩踏み込んで、義晴は地に膝を屈しそうになった。 余りにも強過ぎる木気に土気を押さえ込まれ、次の瞬間には金気に攫われていく。 (寒河江は……それに十折は……) 全身を灼くような感覚に愕然としつつも、振り絞れるだけの精神力を費やして歩を進める。 比較的気の乱れが少ない金気の溢れるこの館に於いて、最も異質で狂うように気を溢れさせている場、夜澄と夏也が共にある部屋へと。 「会談の日、だったでしょうか」 常とは異なり白一色の洋装でソファに沈み込んでいた夜澄が振り返りもせずに義晴に尋ねた。 投げ出された腕。力なく垂れ下がる指先には青く血管が浮き出ている。 「ああ。木守の屋敷に連絡をしたらしたで要らぬ混乱を引き起こすと思い此方に来た。……だが私は会談をしに来たのではない」 目を背けず、かと言って労りの言葉をかけるでもなく義晴は向かいの椅子に座り、誰も映さないと言われるその双眸を見据えた。 刹那、視線がかちりと合う。それは逸らされず、寧ろ心の内側を覗き込むかのように真っすぐにぶつけられる。 「抑えが利きません。貴方を傷付ける前に私の近くから去ってはいただけないでしょうか」 「多少なら平気だ。……寒河江、率直に聞く。お前はいつからそうなった?」 「この世に生まれ落ちたその時から。抑えが利かなくなったのは三ヶ月ほど前からですが」 ゆるりと身体を起こし、傍らで黙していた夏也に状態を凭れかけて夜澄は答えた。 「やはり、そうか。この五行の乱れの源に木気の狂いがある。この狂いはお前には止められるか?」 「……狂っているのは木気ではありません」 「寒河江?」 確かに重なっていた視線を一方的に外し、夜澄は双眸を閉じた。 それ以上問うことはしないで義晴は何かを振り切るように瞬きを一つして席を立った。 「名越」 座を辞そうとしていた義晴の背中に今まで一言も発していなかった夏也が声を投げかけた。振り返れば、肩に預けられた頭の重さなど全く気にかけずに話しかけられる。 「一つだけ交わせる約定がある。……次代の護りは必ず決める。一族に不和の種など植えやしない。身勝手な約定で申し訳ないが俺達にはこれぐらいしか出来る時間が残されていないんだ」 「了承した。しかし、まだお前達を解放してやることは出来ない」 「構わんさ。……だが夜澄が傷ついたその時には今の約定を果たさせてもらうからな」 漆黒の鋭い双眸に睨まれ、それに怯むことなどせずに義晴は土守としてその視線を跳ね返した。 「ああ」 約定を交わしたことを後悔する日が来ることを知りながらも、願いを叶えてやりたいと思ってしまったのも事実だった。 |
あとがきという名の言い訳 |
あーっと、何とも言い訳のし辛いところで終わってしまいました。どうも義晴さんが出張ると堅苦しくなっていけませんね。 これでやっと3話目。まぁ、書き上げた話の数的には9話目なのですけれども、色々と訂正箇所やら何やら出てきそうなのでまだ気が抜けませんね。でもまっさらな状態から書くのは次の話で終わりです。ああ、やっと楽が出来る。 何が楽なのかは今一つ解りませんが、心持的には多少楽かな、とか思ったり。 寧ろ過去を振り返りつつ訂正をしなくてはならないので意外と大変だったり。 まぁ人生なるようになるさ! と開き直って書いていきます。 毎度お馴染み次回予告。次は「金は水を生み」です。やっとこれで護りを全員登場させられますね。噂の彼、美咲都君が出てきます。お楽しみに。 20021102 再アップ20080207 |