桜闇 第四夜 金は水を生み −声聞心聴(コエヲキイテココロヲキク)−


 「これが最後の仕事だと、そう考えてくれ」
 義晴が金守邸を単身訪れてから一週間後。
 辛くも木気を抑えていた夜澄の元に再び義晴が現れた。
 「大銀杏が赤い葉を付けた」


 「夏也さん?」
 「銀杏よりお前の方が抑えを必要としている。構わないな」
 その葉を深紅に紅葉させた大銀杏の根元。独りで木気を抑えようとしていた夜澄の傍らにひっそりと夏也が控えていた。
 澄み切った夜の空を思わせる双眸にあるかなしかの笑みを浮かべ、夜澄は大銀杏に流れ込む木気を辿り始めた。
 夏也がはらはらと散る銀杏の葉を一枚手に取ると、それは一瞬で深紅から黄色へと色を変える。……溢れすぎた木気を金気に抑えられた故の現象。
 元々赤く染まる色素を持たぬはずの銀杏が鮮やか過ぎるほどの深紅に染まったのは、常では考えられぬほどの木気をどこからか吸収したから。
 「夜澄」
 夜澄が指先で軽く樹皮に触れるだけで銀杏の葉はその色を鮮血色に変えた。
 「私が……原因だったようですね」
 指を離し、肌が粟立つほどに恐ろしく、魂を飲み込まれるほどに美しく染まった銀杏を見上げる。
 「私の存在が、木を狂わせる」
 「夜澄」
 「聴いて、下さいますか? 醜悪な木守の話を」
 膨れ上がっていく木気を抑える為に夏也の腕に抱かれながら、目も上げずに夜澄が問う。
 「木守は……代々の木守はその純血を守ることで力を守ってきました。力を持つ者同士の婚姻は当然のこと、持たない者は近親婚を繰り返すことでその子供達により強力な力を持たせようとした。……先代の桜樹をご存知ですか?」
 「お前の父親だろう? 確か名が寒河江十夜」
 「はい。妻……つまり母は寒河江祷。十夜とは実の兄妹に当たります。腹違いの。……私の婚約者は腹違いの妹なのだそうです。表向きは従姉妹なので婚姻に支障はない。そんなことをくり返していたんです。先代夫妻は共に強力な力の持ち主でした。……血が濃くなり過ぎた私に共振して木気も狂っているんです。否、狂っているのは木気ではなくわ……」
 「お前は俺の目を真っすぐに見られるな?」
 常になく感情が昂っている夜澄の肩を押さえ夏也は静かに訊いた。
 「お前が他人をその目に映そうとしないのは視線で他人を汚すと思っているからだろう。忌むべき婚姻の末に生まれた罪の証である自分が見るもの全てを傷付けてしまうと思っているからだろう。……だから決してお前は従兄弟を見ようとしない」
 「夏也さ……」
 「この間名越を見たのは自分から離れていって欲しかったから。違うか?」
 頷いて、夜澄は夏也の胸に顔を埋めた。押し付けられた目の辺りからじわりと滲む温かな水分に、夏也は背中に回していた腕に力を込めた。
 「少し名越や従兄弟が羨ましいな」
 仄かに白檀香が香る首筋に顔を埋め、祈るように囁かれた言葉に夜澄は顔を上げた。
 「お前が俺をちゃんと見るのは俺が道具同様だからだろう?」
 「それは」
 「構わんさ。……木を鎮めてやれ」
 「……はい」
 何か言いかけて、けれども踵を返して深紅の銀杏と再び相対した夜澄は自分が抑え付けている以上の気の流れを感じて夏也を振り仰いだ。
 金気の流れは既に木気を抑えてはおらず、必死の形相で自分の内に気を抑えつける夏也がそこにいた。
 「俺、貴方を手伝いたくて」
 邪気のない笑みと共に現れた水守―――金に支えられ木を生む者、神凪美咲都は全身全霊の力を込めて水気を木気へと送った。
 刹那、白い身体から溢れ出たのは異常としか思えない量の木気。
 目を覆ってもなお網膜に焼き付く光。


 「木気が……暴走したのか?」
 離れていても自分を支える力があまりにも強く激しく伝わってくるので、不安になり、譲理は思わず土守邸に足を向けていた。
 (無事でいろよ)
 ハンドルを握り締める自分の手がいつもより強張っているような気がした。





あとがきという名の言い訳
……何で毎回毎回物凄い所で終わってしまうのでしょうか? 不思議で不思議でなりません。
書いている本人ですらこれなのですから読んでくださっている方々は更に「何でやねんっ!!」って感じでしょうね。すいませんです。

前回、「これで護りが揃いますね」とか言っておきながら一言しか喋っていません……そう、美咲都です。むしろいいとこ取りはラストの譲理っぽい気がしてなりません。

まぁ何はともあれ来週で前半と言いますか、やっと半分終了ですね。次々回から『相剋編』になります。展開が物凄くダークになります。心して読んで下さい。

では次回「水は木を生む」でお会いいたしましょう。

20021109
再アップ20080207