桜闇 第六夜 木は土に剋ち −降雨木哭(フルアメニキガナク)−


 真に護るべきは心か、否か。


 「私は、救いの手を差し伸べるべきだと思うか?」
 「珍しく弱気だな。名越でもそう思うのか」
 答えを待っているのだろうと、からかいつつ返した返事は無視された。
 義晴の目は譲理を見てはいない。
 五行の要の二つがその均衡を崩し、二人の護りはその任を果たせる状態にない。護りの長たる自分に行えることは一体何なのか、と義晴は卓を挟んだ向かい側に座っている譲理に答えを求めたのかと思ったのだが、どうやら違ったようだった。
 ……自分自身に深く問いかけるその眼差しは常に厳しく、全く他者を寄せ付けようとはしない、と義晴と会話を交わすまで譲理は思っていた。理が先行する頭でっかちな人物なのだろうと勝手に思い込んでいた。
 (まぁ、歳も離れているしな)
 十以上も歳の離れた人物と、まさか自分が同じ立場に立つことがあろうはずもないと思っていたから、初対面のときの印象は最悪だった。
 けれども。
 「守人が護るべきは江戸。空海の呪を保ち続けること。しかし……」
 「あんたが守りたいのは人だろう? 空海だって人を守りたいからこそ江戸を護ったんだと俺は思う。なぁ、身近な者の心すら救えないで何が守人だ、と自分を卑下するのは止めておくんだな」
 「そうだな……ありがとう」
 実際に会話を交わしてみれば外見とは全く異なった中身に譲理は良い意味で予想を裏切られたと思った。
 私を優先させることなど思いつきもしないで、ただ人を守りたいが為だけにその力を揮う男。護りを束ねる立場にありながらそれを快くは思わず、けれどその責を投げ出すことは決してしない。
 「火守」
 ゆるりと瞬く間に今まで浮かべていた迷いは全部捨て去って。
 強い、守ることを知っているからこそ強く在れるその双眸が譲理を見つめていた。
 思わず姿勢を正す。
 「責も罰も罪でさえもすべて土守が負う。土守当主名越義義晴がその全てを引き受ける。構わないな」
 確認ではなく肯定を促すその声に、譲理は目を見開き、深く頭を下げた。
 「礼を言う」
 「いや。……神凪を救えるか? 私ではきっと彼の心を傷付けることしか出来ない」
 軽く頭を左右に振り、名越は疾うに冷め切った茶を一息で飲み干して譲理に問う。
 「……救えるかどうかなんて、そんな簡単に俺には言うことは出来ない。……けれど」
 夜澄を見ていた、あの目を知っている。
 純粋な、ひたむきな自分の想いを止められない、その気持ちが分かってしまうから。
 「俺は、あいつを悲しませることをしたくはない」
 いきなりあの細い肩に背負わされた重い務めを変わってやることなど出来やしない。
 減らすことだって出来ない。
 それでも。
 「その思いがあれば、それだけで変えられないものは滅多にはないだろう」
 頼む、と声なき声に触れて譲理は頷いた。
 「信じててくれるだけでいい」
 遠く鹿威しの音が聞こえた。


 「ねぇ、夏也さん」
 気だるくて起こすのも億劫なはずの身体を無理矢理に起こして夜澄が夏也を呼んだ。
 「何だ?」
 傍らに腰を下ろし、未だ流れ続ける木気を抑える為にその頭を肩に寄りかからせて訊き返す。
 「木が啼いているんです」
 「木が?」
 「ええ。……水が、濁っているのだと」
 冷たく身体を濡らす雨が音も無く降り注いでいた。





あとがきという名の言い訳
相変わらず微妙にしか進まないのですが。……てか何と言えばよいのでしょう。中途半端な続き方しかしないんですよね、このシリーズ。誰の所為なんでしょうか、本当に。
……次回も、物凄い所で切れる予定なんですけれど……本当に……。

話は全く変わりますが、内輪で大人気なのは譲理です。いい男だと思って私も書いているのですが、やはり他人にもそう思われると自信が持てますよね。これからも譲理が格好良くなるよう努力いたします。期待していて下さい。
それでは恒例の次回予告。「土は水に剋ち」でお会いいたしましょう。でわ〜

20021123 
再アップ20080207