桜闇 第七夜 土は水に剋ち −壊心彷徨(コワレタココロガサマヨヒアルク)−


 全てを知らずにいることも幸せなのだろうと思い込んでいた。


 「……美坂?」
 自室に籠り、極めて近しい者以外を全く寄せ付けなかった美咲都を訪れた譲理は自分を見るその目に確かな怒りを感じた。
 「何しにきたの? わざわざ力抑え付けられるの分かってて」
 声変わりをしても未だ高いままの声を低く抑えてさせいる原因が自分にある。
 譲理はサングラスを引き抜き、色素の少ない両目でしっかりと美咲都を見た。
 「話だ。多分、お前が知りたがってることを」
 「本当に?」
 なら早く言え、と言わんばかりの美咲都を痛ましい目で見つめ、譲理は話を切り出した。
 「この間、夜澄が倒れた理由は分かっているか?」
 「……分かんねぇよ。俺、ただ夜澄さんの助けになりたかっただけなのに。……苦しめるつもりなんてどこにも無かったのに……なのに……」
 「名越曰く五行の均衡が崩れている、と言う事だ。特に木気は狂っていると断言しやがった。そのおかげで金気は木気を抑えなくちゃなんねぇらしく、二人とも気を持て余しすぎて、本来ならば力の源になるはずの気に身体を蝕まれてる。……夜澄が倒れたのはお前の所為じゃない」
 聞いた美咲都の目が涙で潤む。きつく握りしめられた両の拳が細かく震えを刻む。
 「でも、俺があの時あの場所に行かなかったら……!」
 「お前が気に病むことは何もねぇんだ。まぁ、ここ暫くは夜澄に近づかない方がお互いの為だろうがな」
 ぽん、と俯いた頭の上に掌を乗せる。
 「っつ……俺、何で、あの人のこと、傷付けたくなんかっ……」
 「分かってる」
 後から後から零れる涙を拭うことも、拭ってやることもせずにただ嗚咽交じりの言葉を吐き出し、聴く。
 置かれた掌から伝わる熱が優しくて、けれども一つだけ譲理に聴いておかなければならないことがあった。
 ただ、一つきり。
 「……なぁ、一つ教えろよ」
 「何だ?」
 「美坂は……知ってたのか?」
 夜澄の異変を。
 支える者を拒絶するほどまでに膨れ上がってしまった木気を身体に抑え付けていることを。
 「ああ」
 「……皆、知ってたのか! 俺だけ、いつもそうやって俺のことを子ども扱いをして! 俺だけ、蚊帳の外で!」
 否定してくれと願う叫びに、譲理は否定する言葉など持ち合わせていなかった。
 「……すまない」
 痛いほどの言葉を叫んだ美咲都に満足するような言葉を返すことは譲理には出来ない。
 ふっ、と息を吐いて美咲都は頭の上に置かれていた手を振り払った。
 「美咲都?」
 「美坂を信じないわけじゃない。けど、俺はあの人の口から聴きたいだけなんだ」
 常の幼さなど微塵も感じさせぬ鋭い双眸が譲理の呼吸を刹那止めた。
 それだけで十分だった。


 「名越、美咲都を止められなかった。……多分、十折一人じゃ足りない」
 携帯電話の向こうで小さく息を飲む音が聞こえた気がした。
 「俺にけりを付けさせてくれ」
 『……私に出来ることは?』
 あくまで静かな義晴の声に安心を覚え、息を吸って譲理は空を睨んだ。
 「火守の屋敷に次代を用意しろと伝えてくれ」





あとがきという名の言い訳
……もう終わり方についてコメントをするのはやめようかな、と思うぐらい今回は凄いところで切れてますね。
まぁ、譲理大活躍の予告が外れなかったことに一安心しました。……もしかしたらここは名越大活躍! になる予定だったんですけど、きっぱり断られました。そりゃそうだよねぇ。

さて、残すところ後3話+終幕になりました桜闇。
次回は今回以上に歯切れの悪いところで切れる予定です。なんか、バトルチックな感じまでします。
「水は火に剋ち」……物凄く意味深ですよ。タイトルどおりの話になるようなならないような。

それでは、また来週。
20021130
再アップ20080207