桜闇 終幕 桜散る空 | 「一つだけ、これが最後のわがままだと思って聞いてくれませんか」 それまで酷く儚げな印象しかなかった義弟が、確かな存在感を持っているのだと強く感じたのは漆黒の双眸が自分を真っすぐに映しているからなのだと知った。 「それは木守として? それとも夜澄君として?」 「……どちらと取るかは遠敷さん次第です。私は、木守としての任を果たし終えました。次代の木守を選ばなければなりません」 「何を馬鹿な」 「世迷言と取られようとも、これは土守との間に交わした約定です。それは成され、来月までには次代の木守を立てる必要があります。……次代の木守の補佐をしていただけますか?」 相変わらず死に装束のような真っ白の紬を着て、それでもその表情は生きる意思を強く出したそれ。 木守として生きていく為に覆い隠していた「寒河江夜澄」が木守という枷を失くした今、やっと強く出てきている。 「……それが君の願いなら」 生きることに執着など感じていなかった夜澄が、やっと自らの生きる道を選び取り、その為に木守を棄てると言っても、それを止める権利など頼久にはあるはずも無い。 「ありがとうございます、義兄さん」 「夜澄君……」 「私はもうここを出て行きますから。二度と、道が交わることはないでしょうけれど」 「……その方が互いの為だと言うならば僕は絶対に君に逢わないと誓うよ」 その言葉に心から嬉しそうに夜澄は笑った。 それが頼久が見た最後の夜澄の姿だった。 「で、お前はどこに行くんだよ」 必要最低限の荷物しか持たずに去る、と言う夜澄の荷造りを自発的にしていた空良は視界の端にその姿を認めると思わず問いかけていた。 「分からないけれど、生きていたいから」 初めて、そう思える人と出逢えたから。 そう告げる夜澄にぶつけられずにはいられない言葉があって。 醜くてどうしようもない思いを、それでも吐き出さずにはいられなくて。 「……俺はお前を守る為の人間だってことを忘れてないか? 俺はお前を守る為だけに今まで生きてきたんだぞ? 木守の一族なのに感応力は欠片もなくて。それを嘲笑われてもお前がいるから生きてこれたんだぞ? 俺は、どうすれば良い?」 自分自身の存在意義を夜澄に求めるしかなかった。 夜澄がいなかったらこんな古い因習に囚われたこの屋敷で生きていけるはずも無かった。 『夜澄を守る』それだけが空良の譲れないもので絶対に譲ってはならないものだった。 ……自分自身の存在の為にも失えない者だった。 「空良に感応力が無いだなんて、嘘だよ。空良の力は身の内に留めておくものではないからそう思うだけなんだ」 「……身の内に留めない力?」 「そう。だから空良……その身の内空なれば良し。空良の中身は空っぽで、だから木気以外でも取り込める」 ほら、と掲げた夜澄の掌から淡い光が零れ落ちる。 空良がその光に指先を触れさせると、触れた先から光は消えてゆく。 「熱い……」 「全部、吸収していらないものは捨てられる。空良が次代の木守だよ。けれど木気を司る必要は無い」 「俺、が……?」 「『桜樹』と呼ばれる必要も無い。木守の役目は私で終わりだから」 「夜澄」 「木守、も必要なくなるかもしれない。けれど空良は独りじゃないから」 「……絶対、幸せになれ。なんないなら俺はお前の後なんて継いでやらない」 「ありがとう」 ……夜澄が『木守』として当主になる前。今から十年以上も前に見せた笑みとその笑みが同じことを確認して空良は夜澄の背中を押した。 外は満月。季節は冬。 一斉に咲き誇った木守の屋敷の桜はその夜全て散った。 月の明りに照らされて漆黒の夜空が桜色に染まることを『桜闇』と空良は名づけた。 |
あとがきという名の言い訳 |
あああー! 終わりました桜闇! 「桜闇」のタイトルの意味は空良さんが語って下さったのでそれでよろしいかと。 長かったですねぇ。本当に。 この「桜闇」は結構昔に考えたシリーズモノで、やっと今年になって形になったものなんです。 兎に角年内に終わらせることが出来て良かったぁ。 ここまで付き合ってくださった方々。本当にありがとうございました。 特に友人みきさん。貴方がああ言わなければあの二人は今頃凄いことになっていましたね。二人を救う光を指差してくれてサンクスでした。 それでは、またの機会に。 20021228 再アップ20080207 |