熟睡しているのを、見たことが無い。 眠れる森 半年ほど共に過ごした寮の部屋でも。 卒業後に世話になったロゼッタの本部近くのアパートメントでも。 初めて一緒に調査をしに行った遺跡近くの宿でも。 「……寝ないの?」 ほんの一時間ほど前まで熱を宿していた肌は既に冷え。 心地よい疲労感と共に睡魔が押し寄せてはいるはずなのだが。 「お前は」 「寝るよ。甲太郎が寝たら」 腕の中に収まってはいるものの、まったく眠りに就く気配は見せない。 深い蒼の目を薄い瞼が覆う素振りも無い。 「俺が寝たら眠る、だと?」 「そう」 「寝なかったらどうする」 「大丈夫だよ。もう眠そうだ」 確かに俺は眠い。 心も身体も満ち足りているし、何よりも腕の中に九龍がいる。 手放して久しいアロマや煙草よりも俺の精神を安定させる九龍がいるから、だ。 「寝なかったら、どうする」 昔よりも傷が増えた身体を強く抱いて、肩口に顔を埋める。 「どうもこうも。寝かせる?」 「……寝ろよ、九龍」 親が子供にするように、背中を一定のリズムで叩く。 叩いているほうが先に夢の国に誘われるような、錯覚。 「甲太郎が言ったんだよ」 「何、を」 耳障りの良い声が遠くに聞こえる。 もっていかれそうになる意識を必死に繋ぎとめて、口を動かす。 「お前の寝顔を見てると不安になるって」 くすくすと笑う気配は感じられるが、もう目を開く気力も無い。 「だから後に寝て先に起きるんじゃないか」 おやすみ、甲太郎。 その言葉が夢に落ちる前に聞いた最後の言葉だった。 いつも探究心と好奇心の光を宿している双眸が。 閉ざされているのを見た途端に、心臓が痛んだ。 眠っているこいつが。 二度と目覚めないのではないかという不安。 そのまま人形にでもなってしまうのではないかという不安。 それを、口に出した、のは。 「……九龍」 目を開ければ、いつもは起きていて俺の顔を見ている九龍が。 今日に限って、目を閉じたまま。 「く、ろ」 じわじわと嫌な汗が流れる。 思い、だした。 「九龍、朝だ」 あれは初めてこいつを抱いた翌朝。 真っ青な顔のまま目覚める気配が無く。 乱暴に叩き起こしたのだ。 そして起きた九龍に浴びせた一言目が、あれ、だ。 「うん。知ってる」 揺り起こそうと肩に手をかけたところで瞼がぱちりと開いた。 俺がこの世で一番好きな蒼が俺を見て楽しげに細められる。 「お前、起きて」 「お蔭で睡眠時間が削られて大変なんだよね」 「……悪かったな」 「本当だよ」 くすりと笑って、あくびを一つ。 本当に眠たいらしい。 「今日の予定は?」 「休暇だ。久しぶりのな」 「そうだった。じゃ、おやすみ」 ぱたりと俺の胸に頬を寄せて、そのまま。 眠りに就いた九龍の顔を見ては顔を逸らし、また見る、を繰り返したのだが。 どうにも、慣れそうに無かった。 end