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 珍しいこともあるもんだ、と束の間の平穏を満喫していた市原は教室の入り口付近で固まっている影を見て思った。
 縦社会が浸透しすぎているきらいがあるこのガーデンにおいて後輩が先輩のクラスに顔を出すことが珍しい。
 というか噂しか知らないが特にこの下級生がそんな行動に出られるとも思えず。
 だがしかしこの後輩の特別な先輩二人のことを思うともしかしたらあるかもしれず。
 小さくふるふる怯えている小動物を放置しておくのもなんなので、とりあえず。

 「えーと、三橋、だっけ? 何してんだこんなとこで」
 「!」

 飛び上がられるのは心外だったが、振り返った大きな目がゆっくりと自分を認識して。
 ほう、と息を吐き出したのを見てなぜだか一緒に一安心した。

 「榛名か高瀬に呼ばれたのか?」
 「う ぇ、と」
 「あ、でも二人とも今呼び出しくらってて教室にいねえんだった」
 「ぅ え」
 「そんなとこで突っ立ってないで中入れよ。ほら」

 ちょん、と軽く押しただけでととと、と小柄な体が教室の中に駆け込んだ。
 不躾な視線が三橋に集まるのに気付いて、失敗したかと思ったがしかし。

 「お、たんぽぽちゃんじゃん」
 
 瞬時に友好的というか小動物を愛でるのはやぶさかではないクラスメートたちはあまり距離を詰めることはせず。
 机一つ分ほど離れたところからにっこり笑いかけてやったり、手招きをする作戦に出た。
 三橋が思っている以上に三橋は銃火器専攻内では有名人だ。
 だってあの榛名と高瀬に同時にコードネームを付けられた後輩。
 二人に猫可愛がりされている現場を何度となく目撃している自分たちからすれば、自ずと懐柔法は分かる。
 驚かせたり怯えさせては、いけない。
 まず基本は笑顔だ。もしくは見守ってやるかのいずれか。

 「つかどうした? 急ぎの用でもあったのか?」
 「あ の」

 知人の域に入っている市原に応対を任せ、外野は可愛いモノ鑑賞にシフトチェンジしたらしい。
 無言の圧力の視線を意図的に無視して促してやると。

 「胸のポケット に これ、入って て」
 「……アメ?」
 「か りたとき 気付か なく、て」
 「あ、そういやそれ高瀬のセーターじゃね?」
 
 葵の指摘にこくこく頷く三橋に頬を緩めるも、憶測大会が始まった。

 「え、なにあれじゃあマーキング?」
 「榛名の着てた時もあったじゃん」
 「結局あいつらどっちが勝ってんの?」
 「つかあそこの保護者に勝てないだろ」
 「下級生も侮れねえぞ」
 
 突然ぎゃあすかと騒ぎ始めた輩を大きな目で見て、不思議そうに首を傾げる。
 ふわふわとした頭についてのひらを乗せてしまってから、市原は三橋を見下ろした。

 「プレゼントだと思って食って平気だぞ、それ」
 「で も」
 「あいつらあんまり甘いの好きじゃねえから。お前にセーター貸すの見越して入れといたんだよ」

 モノで釣ってる分高瀬が不利だろうという決着が付いたところで、葵がごそごそと自分のカバンを漁る。
 その行動に気付いた何人かが同じようにカバンやら何やらを漁って。

 「これやるよ」
 「!」

 あっというまに三橋の手の中には菓子の山ができた。
 基本的に体力勝負で銃火器専攻は結構頭も使う。
 高瀬やら榛名辺りはサプリメントのブドウ糖で補ってしまうらしいが、非常食の類は結構皆ため込んでいるのだ。

 「もらっとけ? あ、手塞がっちまうか」
 「だれか袋よこせ袋!」





 「……廉、お前飴返しに行ったんじゃなかったっけ?」
 「み んな いい人 だったんだ!」
 「…………そっか」

 後で栄口と花井にメールしておこう、という叶の呟きは三橋の耳には入らなかった。