いらっしゃいませ



 法具屋、と呼ばれる店がある。
 その名の通り法具、魔法道具や呪法道具を取り扱う店、それが法具屋だ。
 そしてその法具屋の中でも特に宝珠を取り扱う店は店の位が高く、店主もかなりの力を持っている。
 らしいのだが。

 「あー、やっべ」

 黒地に金で龍の刺繍を施してある豪奢なチャイナ服を制服として日頃から着用している榛名は、手の中のそれを見て呟いた。
 かなり小声で。もうほんっとうに小声で。
 宝珠の中でも比較的力が弱い雷属性の米粒ほどのそれを、誤って割ってしまったのだ。
 基本的に宝珠が物理的な力によって割れることはまずない。
 ので要するに榛名が自身の力を制御し損ねて商品を破損させた、と。
 ばちばちっとてのひらの上で光と静電気を強くしたような電気が流れて、澄んだ紫だった宝珠はくすんだ。
 商品価値がなくなった、ともいう。
 正確には皆無になったのではないのだが。

 「お前、俺がせっかく仕入れてきたのに」
 「わりぃ。気を付けてはいるんだけどよ」
 「つか制御外して商品に触んなよなー。勿体無いじゃんか」
 「つい付け忘れちまうんだよ!」
 「来年の今頃飯が食えなくなっても良いのかよー」
 「くっ」
 「それリペアに行ってきていーからさ、後2段階くらい強い制御ついでに作ってもらっちゃえよ」
 「……わーったよ。悪かったな、浜田」
 「ちゃーんと反省してくれりゃ別にいーよ」

 地獄耳の相方にたしなめられ、真っ二つに砕けた宝珠をてのひらに握り込んだまま榛名は外に出る。
 制御、というのは読んで字の如く力を制御する道具だ。
 自分の力を増幅させる装置の宝珠、それが使用者の力に耐え切れず破損することはそう稀ではない。
 特に榛名は雷や炎といった超攻撃的属性の力の持ち主でその系統の宝珠とは相性が良い。
 相性が良いのだが、良すぎて自分の想像以上に力を増幅させてしまう。
 それを抑えるために制御、通称チェッカーを身に付けているのだがその形状がブレスレットなのでどうにも付け忘れてしまう。
 いつもは意識的に制御できているのだが、今日はつい、というやつだ。
 つい出来心で、ではなくてちょっとばっかし上の空だった。
 今週末ようやく約束を取り付けた相手と、さて何をしようかと。
 思った矢先に、まあ、その何の部分で色々想像していてちょっとばっかし自分のてのひらの中に何があるのかを忘れたところで。
 ばちばちっと抗議のように火花が上がって、それは沈黙した。

 「まいっか。予定ちょっと繰上げってことで」

 ふふんふーんと鼻歌を歌いながら歩いてたどり着いた先は、薄暗い路地を抜けて大通りを横切って二本目の細い通りの雑居ビルの二階。
 小さくて分かり辛い上に看板だって出していないので滅多に客なんてものはいない、一応店。
 客の代わりに違うものがいつだってたむろっている店、だ。

 「れーん、いるかー?」
 「? あれ、榛名さん珍しいですね昼間っから来るなんて」
 「おー、花井。いやな、遊びにじゃなくて仕事で来たんだよ。廉は?」
 「奥でタジマと遊んでますけど」
 「!」

 花井を押しのけて奥の工房に飛び込めば、互いの指を絡め額をくっつけて向かい合って座っている二人。
 正確には一人と一精霊が見えた。

 「タァジマァ、お前そうやって宝珠作んの止めろつっただろ!」
 
 べりっと引き剥がして、淡い水色に桃色の糸で花びらの刺繍が施されたチャイナ服を制服として着用している三橋を腕の中に抱え込む。
 二人が座っていた間には淡い色から濃い色まで、大小様々な大きさの宝珠が散らばっていた。

 「いーじゃんけちぃな榛名はさー。どやって宝珠作んのかは俺らの自由じゃん」
 「恋人といちゃつかれんのを許さねえのはけちじゃねえ!」
 
 むっと膨れた田島が人の姿から本来の真紅を纏った精霊の姿へとその身を転じ、榛名の腕の中で未だ事態が把握できていない三橋の頬に。
 ちゅ、と軽く音を立てて口付けると榛名が口を開くよりも先に消えた。
 否、あるべき世界に戻った、というべきか。

 「あんにゃろう」
 「あ、榛名 さん」
 「廉」
 「は、い?」

 まだ夢見心地の表情の三橋と向かい合うように体勢を入れ替え、これ以上ない真剣な顔で榛名は三橋を見つめる。
 丸みを帯びた頬を両手で包み込んで吐息を重ねようとした、その瞬間。

 「みっはしー、頼んでた制御でき……ってうぇぇえええええ!?」
 「あー、遅かったか」
 「水谷くん」
 「水谷てめぇ……」
 「わ、悪気はどこにも! どっこにもかっけらもありませぇん!」

 




 こうして榛名のプロポーズは100回目の失敗で締めくくられたのだった。