light 「お前さあ、ちゃんとメシ食ってんだよな?」 「榛名、その触り方は各所から苦情が来るぞ」 「んなこと言ったってよ、ほら、お前も触ってみ? 特に腰! 腕も!!」 ぺたぺたと遠慮なくニットのカーディガンの上から可愛い後輩の上半身を触り捲くっていた榛名。 触る度に首を傾げるのを隣で見守っていた高瀬。 というか可愛い後輩こと三橋は榛名の膝の上に乗せられている。 別に自分から乗り上げたわけでもなく、榛名に乗せられたわけでもなく、躓きかけた三橋を軽く支えたつもりが勢い余って抱き上げてしまっただけのこと。 離すには惜しい温度だったのでつい乗せたままにしていたのだが、ふと。 あまり足が痺れていないことに気付いて、現在に至る。 ちなみにここは三橋からすれば上級生の教室だ。 空から槍が降るんじゃないかと思うほど珍しいことに銃火器専攻は本日担当教官が出張のため休講がぽつぽつと出ている。 その時間帯が榛名たちのそれと三橋のそれと重なったのだ。 サボっているわけではない。授業をサボるなんてこのガーデンでそんな恐ろしいことが出来るはずがない。 「お前らなにセクハラ大会開催してんの?」 「セクハラじゃねえっつの! 葵、お前も触ってみこいつ」 「はぁ?」 「市原も! つか本気でこいつのために筋トレメニュー組んでやりたくなるから」 はいどうぞ、と言わんばかりに榛名に膝を向けられた、要するに三橋を突き出された葵と市原。 思わずじーっと三橋を見て、おもむろに手を伸ばしかけたところで二人同時にその手を止める。 「どうしたよ」 「いや、今なんか目に見えないなんかが」 「……触ったら何か、こう、起きそうな気がした。あ、別にお前のせいじゃないからたんぽぽ」 「? たんぽぽ?」 ぽん、と軽く頭を撫でるだけで止めた葵のその呼称に高瀬が首を傾げる。 「ああ、お前ら知らねえの? こいつ、たんぽぽちゃん。な?」 「? は、い」 「お前ら良くどっかに出かけてるだろ。たんぽぽ置き去りにして」 たんぽぽ、は要するにコードネームを日本語にしたもの。 気付けば榛名の膝の上の三橋に向かってクラスメートがたんぽぽたんぽぽと親しげに呼びかけていて。 知らない相手にはとても緊張するはずの三橋が、警戒せずにあ、だのう、だの反応している。 これは、もしかして。 「鬼のいぬ間にって言うだろ」 市原のとどめの一言で榛名と高瀬の放浪癖が治ったとか治らなかったとか。 「そういえばさあ、今日休講の時間あった?」 「う、ん。あ、のね 上級生もそうだったん だ」 「榛名さんと高瀬さんたちも?」 「う ん。遊びに、来いって 言われたから、行ってきたんだ よ」 にこにこにこ。 頬が上気している三橋はよほど楽しかったのか、とても表情が柔らかい。 良いことだ、と花井は目の前のその三橋だけを視界に収めていたかったがそうもいかない。 「ふうん、そっか」 楽しかったなら良かったね、とにっこり笑っているように見えるだけの栄口の笑顔が却って心臓に悪い。 無論三橋には通常の笑顔と大差なく映っているのだろうが、こういうときの栄口の笑顔ほど見なければ良かったと後悔するものもない。 「でもね、三橋。危ないから一人で行っちゃだめだよ?」 「危なく ない よ?」 「ほら、お土産たくさんもらったことあったでしょ? 零しちゃうかもしれないって手元に集中して足元に何かあったら凄く心配だから」 「栄口 くん」 「叶君も問答無用で一緒にお出かけしなね。ね、花井」 「……そうだな」 明日、叶は爽快な目覚めが出来ないに違いないだろうな、と。 これから栄口がメールを送るぞ、と予告メールを送るのも放棄した花井だった。 そりゃ花井だって三橋を一人で上級生の教室に向かわせた叶に腹が立っていなかったわけでもないので。