pretty 大声を出さない、声を荒げない、が会話をするときの大前提である事を知っていながら。 参謀専攻の阿部は今日もまた合同演習において失敗を重ねた。 本日の合同演習は参謀と白兵戦と銃火器で合同。 参謀一人に白兵が三人銃火器が一人という組み合わせのチーム対抗戦だ。 ちなみに銃火器専攻の生徒が使用するのは青のペイント弾。 生徒はそれぞれ心臓、鳩尾、頭部の三箇所に打撃を受ける若しくは被弾すると赤の染料が飛び散るインクバルーンを装着する。 先に白兵三人及び銃火器一人のインクバルーンがそれぞれ二箇所以上バルーンが弾けたら負け。 というルールの下での合同演習。 阿部と花井、織田、田島と三橋というチーム対利央と真柴、巣山、泉と叶というチームが対戦しているときに、それは起きた。 「ばっかお前っ! 出るんじゃねえよ!!」 その一言で三橋がその場で直立不動の体勢を取ったところ、というか凍りついたところをすかさず泉が打撃で撃破。 スナイパーとして既に真柴を撃墜していたものの、ロングレンジからの援護射撃を失った阿部のチームは田島が健闘するも叶を落とせず惜敗。 ×が大きく書かれた対戦表に三橋はほろほろと涙を零した。 「あーもー泣くなや三橋」 「でも、俺 がっ」 「阿部の指令ミスってーか采配ミスやろ? はい下向いてー」 飛び散った赤いインクは水溶性なので洗えばすぐに落ちる。 そして染みになりにくいので被弾した生徒は演習が終わり次第すぐにインクを落とすことが認められている。 ざばざばと水道の水で洗い流せば、髪の毛に付着していたインクは綺麗に落ち、ついでに顔も拭って一丁上がりという寸法だ。 なぜ織田が三橋の世話を焼いているのかといえば、健闘空しく全身真っ青に染まった田島の手伝いで花井が借り出されていて。 阿部が結果報告書の提出兼呼び出しを食らったからである。 本当は花井が三橋を甲斐甲斐しく世話してやっているはずなのだが、あまりにも三橋がしょぼんとしていたので代わってみたのだ。 たまには良いじゃないか、命中率99%を誇るスナイパーの世話を焼いたって、と無理を通したとも言うが。 「お、れ 大きい、声 苦手 で」 「大きい声っちゅうか大きい音全般苦手やろ」 「そう なんだ。俺、向いてない よね」 「……それ本気で言うたらどつくで?」 真っ白の大きなタオルで濡れた髪の毛を拭いていた織田は手を止めて、固まった三橋の顔を上向かせる。 「あのなあ、自分みたいにぴたーっと照準外さん奴が狙撃手向いとらんなんて言うたかて、誰が納得するん?」 「で、も」 「そんなもん慣れや慣れ。せやから自分阿部のチームなんやろ」 「そう、なのか な」 「せや。俺かて阿部は苦手なタイプやもん。苦手なモン同士組ませた方が弱点が克服できるっちゅーことやで」 沈んでいた飴色がゆっくりと浮上するのを確認して、織田は再び髪の毛を拭くのを再開した。 だいったいこの特権を花井と栄口がほぼ独占しているというのはいただけない。 たまにはあの超問題児の相手だってしてもらいたいものだ。 まあ、巣山の見事な切り返しにほほうと感動するばかりなので実際問題としては特に相手をしている記憶も織田にはないのだけれど。 それはさておき。 「髪の毛はええけど、ここで服脱がせるのはちょーっと抵抗があるなあ」 「寒く ない、よ」 「そらこんだけ日が照ってりゃ寒いはずないんけど、そうじゃなくてな」 次の訓練は確か一つ上の先輩たちだったはず。 あの二人の先輩に上半身裸の三橋を見つけられては余計な手間がかかる。 「花井ぃ、ちょっとええかー」 とりあえず演習着を脱がせてインクを洗い流している間はタオルを肩からかけさせておくことにする。 肌の露出なし。オッケイ。 「おいおかん! 無視すんなや!!」 「誰がおかんだ! 誰が!」 「三橋どないしたらええ? ただいま絶賛入れ食い状態なんねんけど」 「あー、それ着せるとさらに良くない方向に進むな」 「せやな。濡れた演習着だけはあかんわ」 いくら演習着がワイシャツやTシャツでないにしても、べたりと肌に貼りついた状態で歩き回らせるわけにはいかない。 そんなことをしたらもう一人の同居人に何を言われるか、もしくはどこに追い込まれるか分かったものではない。 「上にタオルで誤魔化せば良いだろ」 「りょーかい。つーことで三橋、ぱーっと着てもっかいタオル羽織ってな」 「う ん」 同い年なのになんでこんなに世話を焼くのが楽しいんだろうと疑問に思うこともあるけれど。 慌てれば慌てるほど止まらない演習着のボタンを笑顔で留めてやりつつ思う花井と織田だった。