ｔｉｅ




　基礎クラスの生徒は紺、専攻に入ると臙脂のタイを結ぶことが服装規定で義務付けられている。
　とはいうもののきっちりと結んでいる生徒は少ない。
　式典の時にはプレーンやダブル、ウインザーなどの形でしっかりと結ばれているものの。
　普段は緩くだらしなく結ばれている、あるいは曲がっている生徒がほとんど。
　栄口と花井は手際良く結べるものの、どうしても三橋はこの行為が苦手だった。
　ので結んでもらったものを緩くして輪の状態に保ち外しては首を通して締める、を繰り返している。
　曲がっているのは良くあることで、稀に廊下や学内ですれ違うと二人に直されることも多い。

　「お前夏服だと寒そうなことこの上ないな」

　そう零しながら三橋のタイを直しているのは二人の先輩の内の一人の榛名だった。
　面倒見が悪い以前の問題児ではあるものの、自分の後輩のタイが曲がっているのは気になるらしい。
　一度自分の内に入れた者に対しては過保護極まりない榛名はふらふらと歩いていた三橋を捕まえて空き教室に連れ込んだ。
　襟の形もなんかおかしい。
　一つが気になると全部が気になる意外と神経質な榛名はシャツの裾も整えて一度ご満悦の笑みを浮かべた。
　が、むき出しの腕が今度は気になる。
　
　「き、てい、です、よ」
　「にしたってお前みたいにほっそい白い腕が出てたら見てる方が寒ぃ」
　
　外見からは想像できないほど丁寧にプレーンノットで結び直した榛名は三橋の細い腕を撫でた。
　規定により半袖の白いワイシャツから伸びた腕はワイシャツと同じくらい白くそして細い。
　というか銃火器専攻なのに利き腕を晒すとは何事かと榛名は思う。
　特に精密射撃を得意とするらしいこの後輩が自分を大事にしないのは如何ともしがたい。
　ので。

　「ほら、これ貸してやるから着ろ」
　「え、でも」
　「俺はこれから訓練なの。着替えっからこれは今日はもう着ねえの。分かるか？」
　
　脱いだセーターはガーデン指定なので服装規定に触れることはない。
　肌寒い日はこれを上に着るのが当たり前だ。
　級やら段位を表すバッジもまあ付けたままで問題ないだろう。
　三橋が榛名の後輩であることは誰もが知る事実であるし、教師や教官もそこについては口出しできない。
　他の専攻の輩に対しては付いているそれでこのセーター本来の所有者も主張できるので一石二鳥と言うやつだ。
　まあ、納得しないのが一人ばかりいるのはこの際棚に上げておく。

　「お前が寒いと俺がやなの。だから着ろ」

　はいばんざーいと言えば素直に両腕を上げてしまう三橋に苦笑しつつセーターを被せる。
　大分袖と裾が余る上に肩も合わないが、榛名は大満足だ。
　文句なしに可愛い。指先も出ないのが悶絶ポイント。

　「後で俺のとこまで届けに来い」
　「は、い。あ、ありがとう、ござい、ます」

　にっこりと笑顔で約束を取り付けた榛名はセーターの裾も丁寧に整えてまたもやご満悦の笑みを浮かべる。
　見てくれは非常によろしいので、つられてほんわりと三橋も笑みを浮かべた。
　が、その笑みも長くは続かない。

　「お前何勝手に三橋にマーキングしてんだよ馬鹿榛名」
　「ばーかちげぇよ。防寒対策だっつーの。なあ廉」

　二人の先輩の片割れの高瀬が容赦なく榛名の頭にこぶしを落とす。
　抜け駆けは協定違反だ。ことこの後輩に関しては二人が同じ権利を主張することができるので。

　「は、い。あ、でもめい」
　「迷惑じゃねえよ。てめえのせいで遠慮しちまってんだろ馬鹿高瀬」
　「俺は三橋を責めてるんじゃなくてお前がずるいって言ってんだろ」
　「んじゃお前もなんかすっか？」

　何かするかと言われたところで既に防寒対策が終わった三橋にこれ以上何を装飾しろと言うのか。
　おろおろとし始めた三橋を落ち着けるためにぽん、とふわふわの頭に軽く手のひらを乗せて高瀬は考える。
　手っ取り早く自分の権利を主張できるもの。

　「……三橋、明日も半袖着て来い。で、一番に俺のとこに顔出せ。な？」
　「？　はい」
　「明日は俺の貸してやる」

　タイの交換なんてしたらそれこそ抜け駆けで協定違反だ。
　コードネームは他の専攻では廃止されているけれど、未だにタイの交換の習慣は残っている。
　先輩から後輩への一方的なものではなくて、互いを意思を元に行うそれは同学年でもできる自己主張。
　ゆえに、理解していない相手へ押し付けるのは反則行為だと取られるのが当たり前。

　「めい」
　「わくじゃねえって。俺はお前の先輩なんだぜ、三橋」
　「お前だけじゃねえけど。先輩が後輩の心配すんのは当たり前だぞ、廉」

　わしわしと二人で可愛い可愛いコードネームを与えた特別な後輩の髪の毛をかき混ぜて。
　鬼が待つ訓練場へと二人して向かったのだった。