virus




 共同生活にはメリットもあるがデメリットも存在する。
 今週頭に花井が風邪をもらってきた。
 なるべく安静に、そして同居人たちと距離を置くようにしていたのだが案の定。
 栄口に移った。風邪は一人目より二人目。
 花井の症状よりもさらに悪化している栄口の看病をしないわけにはいかない。
 一度引いたら二度と引かないというようなものでもないのだが、花井メインで看病をしていた。
 のにも関わらずやっぱり三橋に移った。
 風邪は二人目よりも三人目。
 花井と栄口が完全に回復した頃、三橋に移った。
 咳と鼻水と微熱だった花井と栄口に比べ、三橋は高熱を出した。ついでに消化器もダメージを食らった。
 医療部の医師の診断を受けさせ、薬ももらったものの熱が下がるまで今しばらく時間を必要とするらしい。
 基礎クラスや各種専攻でも病欠が相次ぎ『ガーデン』全体が休校になった。
 ので花井と栄口は実に甲斐甲斐しく三橋の世話を焼いていた。
 だって、いつもはあまり甘えてくれないので。

 「あ、起きちゃった?」
 「さ、かえぐち、くん」
 「のど痛いだろ? あんま喋んない方が良いよ」

 白い額に貼っていた吸熱シートを剥がして新しいそれと換える。
 飴色の双眸がここ数日蕩けてしまいそうにずっと潤んでいる。
 変に勘違いをするような輩が同室でなくて良かった、と二人で苦笑したのは笑い話にしておきたい。

 「腹減ってないだろうけど、少し胃に入れないと薬飲めないからな」
 「は、ない、くん」
 「これなら食えるか? お粥より食えると思うけど」

 熱ばかりでなく胃腸も弱ってしまっている三橋は粥を受け付けなかった。
 ので本日の主食はりんごをすりおろしたものにしてみたのだが。

 「はい、口開けて?」
 「う、ん」

 熱で意識があまり定かでないからか、素直に三橋は口を開く。
 親鳥が雛に餌付けをするが如く栄口はスプーンを口元まで運ぶ。
 どうやらりんごは食べることができるらしい。
 少量ずつではあるが咀嚼する三橋を見て、花井は安堵の息を吐いた。
 正直あの細い体にどうしてそれだけの量が納まるのか謎、というくらい良く食べる三橋。
 その三橋が食欲を失うなんて、と自分が持ち込んだ風邪に自己嫌悪をしていたのだ。

 「花井、安心しすぎ」
 「仕方ないだろ」
 「ま、分からなくないけどね」

 一番効くからという理由で処方された粉薬を見てぼろぼろと涙を零した三橋のためにオブラートも購入し。
 口直しのためにプチゼリーも同時購入した。
 基本的に二人とも三橋には甘いのだが、その甘さを三橋は固辞する傾向にある。
 熱で判断がおぼろげゆえに素直に好意を受け入れてくれる三橋を思いっきり甘やかそう、と。
 ここ数日二人は実に活き活きとしていた。

 「三橋、汗で気持ち悪くない?」
 「濡れタオル持ってきたから着替えとけ」
 「う、ん」

 ぽやんとしている三橋にタオルを渡すものの、反応は当たり前ながら芳しくない。
 
 「三橋、体拭ける?」
 「おい」
 「てか着替えられる?」

 手の中のタオルと栄口と花井とを交互に見て、ふるふると。
 子供がそうするように三橋は首を振った。いやいや、と。

 「うわ花井、今ものすごく俺ら試されてる気がしない?」
 「俺は今だけじゃなくて結構頻繁に試されてる気がするけどな」

 じーっと二人を見上げるとろりとした甘い色の双眸に根負けするまでそう時間を必要としなかった。