俺も一応恋する男って奴だからな。 優しい傷跡 「九サマ、その傷はどうなさいましたの?」 レースで編んだコースターを作りたい! と。 こいつが思うのは勝手だがどうして俺まで鈎針を持たされたのかは永遠の謎だ。 まぁ、疾うに諦めたし椎名も俺にはそう強く勧める事はしなかったから別に構わないのだが。 「ああ、これ? 古い傷だよ。昔のね」 穏やか過ぎる笑みを浮かべて答えるその利き手の甲にうっすらと走っている一筋の傷跡。 体温が高くなったときにだけ浮かび上がる代物らしいが深く追求した記憶は無い。 「火傷か何かですの? とても痛かったでしょうね」 心底気遣うような表情で椎名はその傷を見遣る。 原因を火傷に結びつけたのはもしや自分に非があるのではと危惧したからだろうか。 ……こいつがそんな傷をいつまでも放置しておくはずが無い。 「ここに来るよりも随分前に、と言うか子供の頃に自分の不注意で付けた傷なんだよ」 だから気に病まないで良い、と言外に伝えてその筋を指先で辿る。 銃やら武器を振り回すには不釣合いなほど白く長く優美な指が愛しい記憶をなぞるかのように。 「初めてある遺跡に潜ったときにね、熱した針を落としちゃって」 「熱した針なんて何に使うんですの?」 「水疱が出来ちゃったから水を出そうと思って。で、ナイフじゃ怖いから針をライターで炙ったんだけど熱くて落としちゃったんだよね」 俺っておっちょこちょいな子供だったからさ、と。 笑って重ねる。 「だからこれは俺の未熟さゆえの怪我であって他の誰の過失でもありません」 「九サマ」 「さ、俺の恥ずかしい過去話はこれでおしまい。それよりもこの先どうすれば良いの?」 雪の結晶を模ったレースを手に取って嬉しそうに笑った椎名と再び白い糸を繰る。 生来の器用さと指導が良かったのか短時間でそれは完成した。 「で、結局のところその傷はどうやって作られたんだ?」 「甲太郎さんは意地悪ですね」 「棒読みで誤魔化すな」 「初恋の人との思い出語られて嬉しい?」 「何?」 「治療してあげようと思ったんだよ。そしたら失敗した。火傷は冷やせば治るってんでここ、舐めてもらった」 貴重な水をざばざば使う訳にいかなかったし、唾液の気化熱で冷やせば良いだろうって、と。 逆に治療されちゃって恥ずかしかったなー、と。 今はもう目立たなくなった辺りを指の腹で撫でてくくくと笑う。 「ほぅ」 「……今なんかどうでも良い事考えたな?」 「ああ」 「…………白岐かルイ先生について来てもらうから遠慮します」 「気にするな」 「片想いだったぞ」 「知るか」 片想いだろうが何だろうが気に食わないものは気に食わない。 それだけのことだ。 end