So sweet 02.ドロップ なぜその場に通りかかってしまったのかは分からないけれども。 後輩と同じ色素の少ないふわふわの頭が、店の前で立ち止まっている。 『キャンディつかみ取り』 お一人様一回限り。高校生まで、50円。 片手を差し込める程度の穴が開いた透明の箱の中には色とりどりのキャンディがなみなみと詰め込まれている。 小さな子供でも簡単に手が差し込めるように、踏み台まで設置してある。 その甲斐あってか、そこそこ長い列が作られている。 きゃいきゃいと騒ぐその最後尾に、夏大予選の対戦投手がいた。 忘れられるはずがない、あの姿。 「三橋、甘いの好きなの?」 「! あ、高瀬、さん」 ぽわぽわの頭がふわりと揺れて俺に向き直る。 零れそうなくらい大きな目は一瞬だけ俺を見てすぐに逸らされた。 代わりに気の毒なくらい顔が真っ赤に染まる。 「覚えててくれたんだ?」 「だって、高瀬さんは、凄い、から」 「俺が?」 「フォーム、きれい、で、ボールも、速い、し」 「でも打たれたよ。俺たちは攻略できなかったじゃん、お前を」 「それ、は、阿部君が、凄い、から」 「阿部?」 きらきらの目で見上げられて、たくさん持ち上げられて。 ちょっと良い気分だったのに、ここで他の男の名前を出されるのって。 ……他の男って、おい、俺。 「阿部君が、いるから、俺は、三振、取れるんです」 「そいつがいなきゃ駄目なのか、お前は」 「う……は、い」 じわじわと両目に涙が浮かんだ。 ずきりと胸が痛む。 てかここでこいつ泣かせたら絶対俺が悪者だよな。 「はい、次おにいちゃんの番だよ」 「う お」 万事休す、で救いの声。 顔を上げた三橋が店員に代金を渡すよりも先に百円玉を差し出す。 「こいつと俺で」 「はいよ」 「え、あ」 「褒めてもらったお礼。ほら、やりたかったんだろ?」 笑顔で言ってやると、きらきらの目が復活した。 「は、い!」 …………うわ、やっべ。 「高瀬、さん?」 「いや、ほら、後ろつかえてるから」 「はい!」 三橋が手にしたのは、結構な数のキャンディ。 袋に入れてもらったそれを嬉しそうに見つめている。 「ほら、これも」 「う、えっ?」 「やるよ」 同じように袋に入れてもらったそれを渡してやるが、困った顔をして受け取らない。 しかし、俺がこれを持っていたところであの馬鹿な後輩の泣き落としにかかるのがオチだ。 せっかくと言うほどでもないが、50円。 有効に使いたいじゃないか。今後のために。 「そんな顔で見つめてくれる相手に食べられた方がこいつも飴玉冥利に尽きるってもんだしな」 使いどころを間違えず、最大級の笑顔を浮かべ。 袋を手に握らせる。 その間も視線は外さない。 「……あ、ありがとう、ござい、ます」 「おう」 「高瀬さん、いい人、だっ」 「いい人?」 「は、い!」 きらっきらの目は俺を疑おうともしない。 飴を貰ったら知らないおっさんについていってしまうんじゃないかという危惧を覚えるほど。 けれども、まぁ、俺は知らないおっさんではなくいい人の高瀬さんなわけで。 「なぁ、三橋ってケーキとかも好き?」 「はい!」 「じゃ、今度一緒にお茶でもしようぜ」 「お、俺、と?」 「そ。だから携帯の番号とアドレス教えてくれる?」 ちゃっかり今後の連絡手段を得た俺は、上機嫌で帰ったのだった。 So sweet 02.ドロップ その後(出現率レアのおまけだったものです) 「慎吾さーぁん」 「何だよ利央」 「準さんがおかしい」 「は?」 「俺がさ、飴食ってたらいつも馬鹿は馬鹿なりに栄養補給がどうとか言うのに、さっきはにやーって笑ったんだよ!」 「無言のイジメの魅力に目覚めたんじゃないのか?」 「絶対に違うって! だってなんか言ってたもん」 「そのなんかが分かんなくちゃ意味無いだろうが、それ」 「どうしたんだ、二人して」 「和さーぁん、準さんが変だよぉ」 「準太が?」 「そうなんだとさ。お前なんか知ってる?」 「ああ、そういえばケーキがどうとか言ってたような」 「「ケーキ?」」 「いい店があったら教えてくれとか何とか言っていた気もするな。……どうした?」 「あいつ、彼女でもできたんじゃないのか?」 「ええーっ!?」 「そうなのか?」 「その彼女が甘いもの好きなんだろ。ああ見えてあいつムッツリだからな。思い出し笑いされたんじゃないのか?」 「慎吾さんじゃないんだからそんなのじゃないと思うんだけどぉ」 「まぁ、慎吾はそうだろうけどな」 「……なんなのお前らの俺に対する評価って」 「変態?」 「否定できないところが悲しいな、慎吾」 「あれ? 揃って何やってるんですか?」 「ああ、準太。利央の馬鹿がお前が変だって言うからさ」 「お前どの口でそういうこと言ってんの?」 「ひゃってひんほはんはー」 「まあまあ。そういえば準太、美味そうなケーキは見つかったのか?」 「(和己って、こういうところしっかりしてるよな)彼女と行くんだろ?」 「や、まだ完全に落としてないんで彼女じゃないんですけど」 「マジか」 「うちの学校か?」 「他校の一つ下ですよ」 「……準さん、顔」 「あ?」 「まぁ、頑張れよ」 「っす!」 しばらくののちに見事に三橋を落とした高瀬に対し。 あのときにもっと突っ込んで相手を聞いておくべきだった、と桐青の面々が後悔したことは言わずもがなである。