So Sweet 03.ショートケーキ 今日が今年度最後の調理実習になるから、と。 家庭科の教師が調理対象として選んだのはショートケーキだった。 別に店で売っているようなホール状のものではなく、カップケーキの延長のようなもの。 粉を量って砂糖を量って。 生地を混ぜてオーブンに入れたらクリームを泡立てて。 イチゴを切って、と。 実に手際よく作業を進めていく。 勿論俺ではなく、栄口が。 「見事なもんだな」 「え? そう?」 ちなみに俺は皿洗い係に任命されている。 女子は女子で栄口に立派なお嫁さんになれるね! と些か方向性の間違っているような賛辞を送っている。 チン、とスポンジが焼けたのを確認すると荒熱を取っている間に今度は紅茶の用意らしい。 本当に手際がいいなぁ、と感心しているとティーセットを用意するように言いつけられた。 ……ああ、皿洗いは食器全般担当なのか。 「自分の分の飾り付けくらいはやったら?」 「見た目がまずそうなものを食いたくないんだよな」 きゃあきゃあと楽しそうにデコレーションをしている女子に作られていくそれは。 実に可愛らしく、食欲をそそるものなのだろう、と思う。 しかし。 「誰かにあげると思ってやればうまくいくと思うけど」 「そういうもんか?」 「女子なんか凄いよ? ラッピングの材料用意してきてるからね」 指差す栄口の先には確かにきらきらとした紙やらリボンやら。 一人で二つを消化できるはずの片割れは自分の胃ではなく誰かに消化してもらうためのものらしい。 「誰かにやるって言ってもな」 思い当たる節は九組のあの欠食児童たちだろうか。 二人に一つじゃこのサイズでは足りないような。否、絶対に足りない。 「栄口は?」 「……今更聞かなくても」 「……だな」 そもそも実習で作るものがショートケーキだということが分かったときから栄口は楽しそうだった。 楽しそう、というのは若干外れているかもしれないが、とにかく笑顔だった。 実習中も、それを食べるはずの相手を想像しているのか常に微笑を浮かべ。 傍から見ればよほど調理実習が楽しいに違いないと思われんばかりの上機嫌。 絶対に三橋にやるんだろうな、という予測は付いていたがああも幸せを振りまかれては少しからかってみたくもなる。 「とりあえず田島に取られないように俺ので誤魔化すか」 「ありがとう、巣山」 「どういたしまして」 四番の燃料補給のための代物にするべく、それなりに、俺は飾り付けをしてみた。 調理実習が終わった昼休み。 荷物片手に九組に赴けば、甘い匂いをかぎつけたのか教室に入るなり飛び出してきた。 危うく土産を落としかけた俺の手の中にその視線は釘付け。 「これ、調理実習で作ったやつな。少しは腹の足しになるんじゃ無いか?」 「巣山さんきゅ!」 戦利品を勝ち得た田島の目には、まぁそこそこの見た目の俺の作品しか映っていない。 役目は果たしたな、と思って一緒にいたはずの栄口を振り返って探したが。 「三橋呼び出してもうとっくに逃げた」 「……そうか」 「巣山って結構損な性分だな」 泉の言葉に頷きかけて、まぁ、そうでもないかと思いなおす。 「そうでもないぞ」 「どこら辺が?」 「三橋のことで一喜一憂してる栄口を見るのもなかなか面白い」 「……前言撤回。イイ性格な、お前」 「褒め言葉だと思っておく」 美味い! けど全然足んねぇ! と叫んでいる田島を横目に。 栄口は一つも食べてなかったな、と。 今頃どこかで三橋と一緒にデザートを食している友人を思った。 So Sweet 03.ショートケーキ おまけ 「栄口、くん」 「なに? 三橋」 「どこまで、行く、の?」 「そうだなー、今日は風も弱いし天気も良いし屋上まで、かな」 「屋上、気持ち、いい、ね」 「景色も良いし、日当たりも良いしね」 「う、ん!」 「そうそう。今日調理実習でショートケーキ作ったんだよ」 「ショート、ケーキ」 「一緒に食べたいなと思って」 「お、れと、一緒?」 「そう。三橋と一緒にね」 「俺で、いい、の?」 「三橋が良いんだよ」 「……うひ」 「どこら辺で食べようか。……あ、あそこが温かそうだ」 「ぽかぽか、だね」 「はい、これ。ちょっと不恰好になっちゃったけど」 「おいし、そう!」 「良かった。レシピどおりに作ったから味は大丈夫だと思うよ」 「いただき、ます!」 「はい、どうぞ」 「……おい、しい、です。あ、の、え、っと」 「あ、飲み物も持ってきたから。飲み込んでからでいいよ」 「…………ありがと、ござい、ます」 「いえいえ」 「あの、ね。今度、うちのクラスも」 「調理実習やるの?」 「そ、う! あ、もし、良かった、ら」 「三橋の作ったの食べてみたいな、俺」 「ほん、と?」 「嘘ついてどうするの? あ、俺の分も食べていいよ」 「で、も」 「三橋がおいしそうに食べてくれるだけで俺はお腹一杯だからさ」 「じゃ、あ、あーん」 「(この三橋を今すぐ食べちゃいたいとか思う俺ってどうなんだろう……ありがと、三橋」 「う、ひ」 「……なぁ花井、俺今すぐあいつをぶっ倒したいんだけどどう思う」 「や、それは多分、三橋が、泣くぞ?」 「っ! くそ」 首脳会議をしようと思って栄口を探していた花井と阿部が。 屋上の一角の春の空気を見て一気に冬に逆戻りしたとか。