100個で1組のお題 映画100 009:ピアニストを撃て 物心付いたときから黒服の人間に周囲を固められていた。 登下校は勿論車で。 人込みに紛れてしまうような行動は極力避け無ければならないため、行事にも参加できず。 遠巻きにされ、自分からも距離を置くことを選んだ。 結果、友人と呼べるような人間は本当に数少なく。 ピアノだけが、唯一の友といっても差支えがないほどだった。 「今日から貴方の警護をします」 「……は、い」 「貴方にも守られる人間としての心得はあるんでしょうが、俺に従ってもらいます」 「は、い」 「まずは、俺をちゃんと見てくれませんか? で、俺は貴方の絶対の味方だって認識して下さい」 「……ぇ?」 ウィーンに留学が決まった日の夜。 新しい護衛は自分と同い年くらいで。 けれど今までの誰よりも、自分という人間を見てくれる人だった。 「さすが日本の政界を裏で牛耳ってる御方の孫だけあって護衛も面白いところから引っ張ってきてるんだな」 「……何のことだか」 「その分だと自分の正体は明かしてないのか。なぁ、三橋廉」 「は、い」 「三橋!」 「お前はどこの誰だか分からない奴に命を預けてるのか?」 利き腕ではない方の腕から血を流して。 じわりと血が滲んだスーツの背に庇われて。 分かっていることは、少しだけ。 「貴方、は、俺を、殺さないん、ですか?」 「質問に質問に返すとは、いい根性だな」 「だって、貴方は、俺に銃を、向けて、ない、から」 自分が死ぬことを望んでいる祖父の側近がいることは知っていた。 というか命を狙ってくる人間はそういう人の命令で動いていたから。 けれども目の前のこの人には、自分を殺す気もなければ。 「花井君の、腕も、掠めた、だけ、です」 「面白い坊主を見つけたな、花井」 自分の護衛を、花井を殺す気配すら見せない。 「確かに俺はお前を殺さないな」 「島崎さん」 「そう睨むな。確かにそう命じられたが、やる気が失せたんだ」 「どう、して?」 音もない俊敏な動作で花井をあしらったその腕が。 ひたりと首の上に乗せられた。 「それこそさっきの俺の質問に答えてもらわないと釣り合わないな」 一度力を込めればきっと首の骨が折れる。 それでも恐怖は感じない。 「どこの、誰だか、分からないのは、俺を狙う、人も、同じ、です」 「で?」 「でも、花井君は、俺の絶対の味方だって、言って、くれたから」 「それだけか?」 「それだけで、十分です」 気配を殺して飛びかかってきたはずの花井を再び軽くあしらい。 島崎は首から手を離した。 「じゃあ俺も同じことを言ってやろうか?」 「駄目、です」 「何が?」 「貴方は、花井君に、怪我を、させたから」 「……はははははっ」 笑い声の後で手に触れられた。 途端に起きる生理的な嫌悪。 「っ」 「今度の演奏会には100本の紅いバラを咲かせてやる。そうしたら、お前は誰を選ぶかな?」 振り払おうとした手はいとも容易く囚われ。 「じゃあな、お姫様」 突き飛ばすよりも先に姿を消していた。 悔しさで両方の目から涙が零れる。 「三橋」 「ごめん、な、さい」 「それは俺の方だろ」 「で、も」 「じゃあ、消毒してくれるか?」 100人もの命と自分が釣り合うはずもないのに。 あの場ですぐに目の前の人を選べなかったのは。 「俺、最低、だ」 理性と狂気の間で、ほんの少しだけ心が揺らいでしまったから。 「それでも俺はお前を守る」 「花井、君」 「俺にはさっきの言葉で十分だ」 どうしてすぐにこの人だけを選べないのか。 分かりたくも無かった。