100個で1組のお題 映画100 017:海辺の一日 朝と呼ぶにはまだ暗い時間。 夜と呼ぶに相応しい時間にはもう既に仕事をしているから、当然。 昼間は寝ているほうが多い。 だって昼夜逆転だから。 「はーまだー」 「……元気な元気な田島。何の用?」 「浜で人拾ったー!」 「へー……ってんなっ!」 島で育つ若者は基本的に十八になると漁に参加させられる。 それで地道に金を稼いで船を持ったら嫁を貰う。 今でこそ漁師暦二年目の俺も多分に漏れず下働きの船員として働いている。 「拾ったって、お前、医者に診せなきゃ……」 「診せられそうに無いもんよ。こいつ」 ずるりと背中から下ろされたのは、あまり見られない毛色の少年。 俺も髪の毛の色は薄いが、それとは明らかに異なる薄さ。 ……うーん、どっかで見たことがあるような無いような。 島は他者を拒絶する傾向にある。 敏感に察知したらしい田島は恐らく担いできたところを誰にも見られていないはずだ。 だがしかし。 「どうして俺のところに連れてきちゃうかな」 「うちでも良かったけど途中に家がありすぎた」 「……あ、そう」 息はしてたけど意識が無さそう、と血の気の引いた顔を田島が覗き込んでいる間に。 俺は着るものを用意しようと箪笥を漁る。 近場で見つけたに違いない布一枚じゃ風邪をひくってかこの季節によく死ななかったもんだ。 他のところと比べれば温かいらしいが上半身裸でいられるほど温かくも無い。 身に着けているのは首から提げている真珠のネックレス一つきり。 一体どこの何者なんだ。 「おーい、起きろー」 ぺちぺちと赤くならない程度の力で軽く頬を叩けば。 僅かに震えた睫毛と唇。 「…………」 「あ、気が付いた。なあ、どっか痛くないか?」 無言でこくりとただ頷いて、ゆるりと辺りを見回す。 俺を見て、表情が緩んだような、気がした。 「とりあえずこれ着ろ。名前は?」 折れそうなほど細く白い腕が恐る恐る服を受け取って、同じように細い首が左右に振られる。 ……え、ちょっと、記憶喪失とかいうやつ? 「声出ねーの? んじゃ手に書いて!」 機械無しで魚群を探知する田島に通訳は任せて俺は今後の対策を練ることにした。 「へーじゃあレンは会いたい人に会いに行く途中で船が難破したのかー」 「……お前本当に多言語マスターな」 「良いじゃん。今役に立ってるもんよ。で? そいつどんなやつ? 探すの手伝うか?」 言葉が喋れないというよりは声が出ないこの廉という少年がうちに居つくことになったの当たり前の流れだった。 浜に打ち上げられていた物品その他諸々は第一発見者のもの。 海からの贈り物として認識され、害をなすことは禁忌とされている。 で、第一発見者の田島が俺に預けると宣言した以上それは覆らない。 「手伝わなくて良い? んじゃもう出て行くのか?」 ボディランゲージというある意味他の言葉よりも難しい言語を難なく理解し会話を成り立たせている田島と廉。 お兄さんはお疲れなのでもう少し静かにしていただけるとありがたいなあ。 「あのさー」 「そっか、もう見つけたのか。会いに行かなくて良いのか? だって会いに来たんだろ?」 「え、会いたい人見っかったの?」 「そう言ってんじゃん」 慌ててがばりと起き上がれば、大きな目と視線が合った。 瞬間、顔を赤く染めてそっぽを向かれる。 えー、ちょっと非常に虚しいといいますか、寂しいといいますか。 「んじゃ俺帰るな」 「は?」 「じゃーなー」 え、この状態で放置ですか田島さん。 てか、え? 会いたい人見つかったの? こっから出てないじゃん。ってことは、だ。 「追っかけなくて良いのか? 田島、帰っちゃうぞ?」 弾かれたように上げられた顔には、大きな目を覆うように涙の膜。 あ、れ、どっかで、見た? 『俺、が、つれて、行き、ます』 一面の青と沈んでいく身体を必死に持ち上げてくれた、あの、顔。 「俺、に」 ぶんぶんと大きく首を振って頷く細っこい身体をぎゅーっと抱きしめた。