100個で1組のお題 映画100 018:13日の金曜日 もう随分と。 昔のこと過ぎて忘れてしまった。 「……やべぇ」 「え? どうかしたの?」 「超、好み、だった」 次代のカミサマ選定儀式なんてものを受けたのも。 カミサマになったのも。 眠れなく、なったのも。 「好みって、榛名。お前もしかして下に降りたんじゃないだろうな?」 「や、つい、出来心でちょびーっとだけ」 「つい、じゃないだろ! カミサマが天国からいなくなってどうするんだよ!」 「だって俺が守ってる世界なんだからちょっとくらい覗き見してきても良いじゃんかよ!」 世界を守るカミサマが瞼を閉じたら、世界に異変が起きる。 だって見守るべきその存在が目を閉じてしまっているから。 愛されていない、と世界が絶望するから。 だから。 「恋なんて許されるはずないだろ」 「でもしちまったもんはしちまったんだよ」 「忘れろ。無かったことにしろ」 「できねえよ!」 「じゃなきゃ、その相手が生きてる世界が壊れるぞ」 「……分かってる」 世界を見守るカミサマがたった一人を見つめちゃいけない。 たった一人を愛しちゃいけない。 だってカミサマは世界を愛さなければならない存在だから。 世界を守るためだけの存在だから。 「あ、の。どうした、ん、です、か?」 汚い世界だと思った。 目を閉じてしまいたいと何度も思って、たまに目を閉じた。 でもその度に小さな輝きがいくつも消えていくのも嫌だった。 小さな命を守るために大きな命が投げ出されるのを何度も見た。 だから目を閉じないでいられた。 そんな、世界。 「顔、まっさ、お」 公園のベンチで目は閉じないでぐだっとしてたら何かが通りかかった。 声もかけてきた。 世界に愛されて愛す俺だから、見目は悪くない。 またどこかの愛を履き違えている女か何かだろうと思って無視してた。 「こ、れ」 「……きもちー」 「よ、かった」 ひやりとした感触に視線を上げれば、か弱そうな輝きの持ち主。 逆光で輪郭が見えない。 額に触れる冷たさにうっとりとして目を閉じそうになって慌てて目を開けて。 離れていこうとする細い手首を捕まえた。 「う、ひゃ」 「あ、わり」 反対の手で転がり落ちそうだった缶を掴んで。 引き寄せてまじまじと顔を見る。 人と毛色が違ったからカミサマに選ばれた俺なんかと違って。 天国製の天使の色。 「お前、天使?」 口をついて出た問いにぶんぶん首が振られて、間違いだったことに気付く。 でも良く考えれば天使が地上の金を持ってるはずが無かった。 「あ、の、俺、学校、が」 名前も聞かずに手を離してしまったことをあれほど後悔した日は無かった。 「カミサマ、誰かに譲れねえかな」 「力が有り余ってるのに譲れるはずがないだろ」 「そこを何とか!」 「できるものとできないことがあるよ」 世界を見守る振りをして、あいつを探してしまう。 嫉妬した世界は豪雨や竜巻を起こす。 「ぶっ壊れちまうんだよ、世界が」 「榛名のせいでね」 「っ」 「世界のためにその心を封印しなきゃ」 分かっててもどうしようもないことだって、あるんだ。 「だいじょう、ぶ、です、か?」 公園のベンチでぐだっとしてずっと待っていた。 声が、かけられた。 世界に愛されていたし愛していた俺だから、見目は悪くない。 またどこかの愛を履き違えている女か何かだろうと思って無視してた。 さっきまで、は。 「こ、れ」 「……きもちー」 「よ、かった」 ひやりとした感触に視線を上げれば、か弱そうな輝きの持ち主。 逆光で輪郭が見えない。でも俺はこいつを知ってる。 離れていこうとする細い手首を捕まえた。 もう一度。 「う、ひゃ」 反対の手で転がり落ちそうだった缶を掴んで。 引き寄せてまじまじと顔を見る。 遠くから見ていた顔。 天国はこんなモノを造れない。 カミの寵愛を一身に受ける存在なんて造ったら世界が壊れてしまうから。 「お前、名前は?」 起き上がりながら顔を寄せて。 淡い色の双眸にきっちりと視線を合わせて、もう一度聞いた。 「名前は?」 「まーったくもう」 有り余ってる力をフルに行使して友人でもあった元カミサマは人間になって地上に降りていった。 『間違えたから記憶は消しておく!』 と出会いの日の相手の記憶を丁寧に綺麗さっぱり消して、運命的な出会いをするということまでやってのけた。 「カミサマなんて、するもんじゃないね」 困ったときにだけ縋られる存在。 普段は全く信じていない人間にも慈悲を施さなければならない存在。 「幸せになりなよ?」 カミサマだった頃よりもずっと幸せそうな顔をした友人と。 カミサマをただの男にしてしまった榛名だけの天使のために。 不眠不休で、この世界を慈しむから。