100個で1組のお題 映画100 023:悪夢の香り 人の深層意識にダイヴして、事件の真相を暴く。 法的に認められはしたが、今尚毛嫌いされている職業。 ダイヴァー。 主に事件の関係者のうち、意識が戻らない状態の人間相手に仕事をする。 「んで?」 「状態は安定してるが意識がまだ戻らない」 「よくお医者さんが許したねー」 「許してない。……花井です、失礼します」 無機質なことが多いはずの病室なのに、日の光が柔らかく差し込んだこの部屋は異質だった。 柔らかな緑の色、甘い花の香り。当たり前だから病室としては異質すぎる。 「花井さんと、誰かな?」 「あ、水谷です。ダイヴァーの」 眼鏡と白衣の、多分担当医。 ネームプレートは反射してよく見えない。 「秋丸です。まだ予断を許さない状況なので同席させてもらいます」 「別に楽しくないと思うんですけどー」 「水谷。すみません、こう見えても腕は確かなんで」 「表面を波立たせても奥底までは何も響かない、かな?」 「えー、そういう風に見えますー?」 「そう見せてる、が正しい気がするけどね」 狸相手は楽しくないから嫌だなあ、なんて。 思いながら、大切にされているには違いないこの部屋の主を見てみる。 三橋廉。ある重要事件の唯一の生存者でそれゆえに最大の情報提供者。 になりうるはずの、少年。 …………ごめんね、勝手に中見ちゃって。 「んじゃ、始めまーす」 「頼む」 ポケットから出したのは100円ライターと小さなお皿と紫のコーン。 「あ、火気厳禁?」 「構いませんよ。それは?」 「集中力無いんでー」 革の手袋を外して、お皿にセットしたコーンに火を点ける。 ゆらゆら立ち上る、煙と香。 白い額に指先で触れて、目を閉じて。 悪夢の旅への、始まり、だ。 「水谷、大丈夫か?」 「あー、うん。へーきへーき」 覗いた記憶は至ってシンプルでいて、自分が誰かの心の中にいるってことを忘れそうになるくらいの。 恐怖、の集合体だった。 一生物の傷痕になりそうな、永遠の絶望。 自分の殻に閉じこもって、震えている、小さな小さな球体の中の人影。 君を待っている人がいるから、だから、安心して出ておいで、と。 世界を遮断する殻に触れて、呼びかけてみたけれど。 「じゃあ、あとは署で聞く。ご協力ありがとうございました」 「水谷さん」 「なんですか秋丸せんせ」 へらりといつもの笑顔を浮かべて、首を傾げれば。 「ダイヴした相手が目覚めた後に会ったことはある?」 こちらもにこりと、眼鏡のレンズの奥の目だけは笑わないで。 「内緒ですー。じゃ、失礼しました」 「お大事に、水谷さん」 「秋丸先生?」 「水谷、お前が使ってるあの紫色の匂いって」 「ラベンダー? どーしたの、花井」 「いや……その、な」 「らしくないってか……て、え? なんで、どうして!?」 花井の高い背の後ろ。 隠れるくらいの、姿を。 「秋丸先生が焚いた拍子に『あの人は?』で。許可もらって連れてきた」 「だって、普通、許可なんて」 出ない、出してもらおうとする人間なんていない。 だって勝手に人の心の中にずかずか入り込んで。 暴くだけ暴いて、覗くだけ覗いた、人間に、会いたい、なんて。 「それは本人に聞いてくれ。……三橋君」 怒鳴られ、罵られ、嘲笑われて。 忌避されるのが、当たり前だったから。 いつも同じ、気持ち悪いって感情を表に出した目で。 俺を、見るのに。 「あ、なた、だ」 初めて二回会った人に向けられた笑顔に。 俺は生まれて初めて、恋に落ちた。