100個で1組のお題 映画100 039:ソナチネ ボディガード、という職業に就いたことを後悔したのは、初めてだ。 守る人間と守られる人間。 その間には信頼関係だけあれば良い。 それ以上が、あっては、いけない。 「予告、が、出たんで、しょう?」 「……ああ」 「あの人、は、本当、に」 「多分な」 「…………どう、して」 世界的に有名なピアニスト。 かつ大財閥の血を引くこいつが命を狙われるのはそう珍しいことじゃない。 血縁然り、身代金目的然り。 そして。 「俺、なんだ、ろう」 「……さあな」 俺が元居た組織の殺し屋、然り。 まあ、あの人はこいつの命ではなくてこいつそのものを。 欲しているのだから、余計に性質が悪いのだけれど。 「100人と、なんて」 「できるはずがない、と言い切れないな。悔しいことに」 「そう、なの?」 「あの人ならやれないことはない、と思う」 「……そう、か」 添える真紅の大輪の花が100本じゃ足りない。 三橋廉。 堕ちてこい。 それが、犯行声明文。 今までに無い厳重な警護と、コンサートの中止を求める声。 中止したところで、こいつが狙われ続けることに変わりは無い。 「そう、だ。少しだけ、聴いて、くれる?」 「今からか?」 「うん。お願い、します」 手を伸ばしたのはおもちゃのピアノ。 こいつが子供のときの唯一の遊び相手だった、というそれ。 小さなピアノに背中を丸めて相対して。 つむがれていくのは、きらきら輝く小さな星の。 小さな声の、きらめきの。 終わらずに続けられる、星に願いを。 派手な技巧なんかどこにもない、伸びもしなければ響きもしない。 おもちゃなのに、他の誰も。 こんな音は、出せないのに。 「俺の、ところに、手紙が、来たんだ」 「いつ」 「走り書き、みたいなのが」 いつの間にか、ポケットに入ってたんだ、と。 ピアノから指をそっと持ち上げて。 「さようなら、花井君」 「……三橋?」 「100人、じゃなくて、俺は、1人だけ、が、嫌、だったんだ」 音も無く歩いて、がらりと開け放った窓の向こう。 「……島崎さん」 「良かったなあ、花井。お姫様は愛に生きれないんだと」 「どういう意味ですか」 「選ばれたのは100人でも俺でもない」 「やめて!」 「お前だよ、花井」 残された言葉の意味が、理解できた頃には。 後を追えるだけの情報はどこにも残っていなかった。