100個で1組のお題 映画100 044:キッスで殺せ 「……異種族、狩り?」 「だと。ここ最近の飢饉は奴らの仕業じゃねえかって噂が村中に広まってる」 「そんな馬鹿な。天候不良によるものだって誰にでも分かるだろ」 「人間なんてのは所詮人のせいにして生きる動物だってことだ」 「阿部……」 「そのうち長老やら村長がここに押し寄せてくる。司祭様、ってな」 「……そっか。忠告、ありがとうな」 「別に。一応、昔なじみとしての義理は果たしておこうと思っただけだ」 「それでも……ありがとう」 村の外れの寂れた協会に戻ってきたのは、三年ほど前。 都で修行を重ねて、異形のものと対峙する力を身につけて、戻ってきた。 けれどもこれといって大きな事件はなく。 異形、なんて言葉すら会話に上ることがなかったのに。 「さて、どうしようかな」 俺が知り合った唯一の異形は、この協会のすぐ近くの森の中の庵で。 ひっそりと息を潜めるようにして生きている。 その糧はもちろん他の生物の生命ではなく、生気。 生命力豊かな森で暮らすことでその命を繋いでいるのだと。 とてもそうとは思えない、華奢な友人は言葉少なに言っていた。 「とりあえず、村人を落ち着かせてから考えようか」 花を手折ることすらできない心優しい友人を、さてどうやって守ろうか。 「おーい、お菓子持って来たよ」 「あ、し、さい、さま」 「その呼び方は肩が凝るからやめてって」 「さ、かえぐち、くん」 「うん。あ、あとおいしい紅茶も貰ったから。食べよう?」 「う、ん。ありが、とう」 日光ですら傷付く吸血鬼。 それが友人以上恋人未満のこの可愛らしい生き物の正体。 血色があまりに悪すぎるときは生気を提供する間柄。 とても稀に、血液を提供しようかと問えば。 泣きそうな顔で首を横に振る。それだけは、絶対にダメ、と。 泣き顔も可愛いから、つい口に出すこともあるけれど。もちろん冗談で。 「今日は、どうした、の?」 「うん。お願いがあって」 「お、願い? お、れに?」 「そう。三橋にしか叶えられないお願いなんだ」 白磁のティーカップにそっと寄せられた唇が、俺の首筋にも当たればと。 一瞬不埒な想像をしかけて、ごくりとのどが鳴る。 ……焼き菓子に夢中で気付かれなかったみたいだけど。 「俺と一緒に、旅に出ない?」 「た、び」 「未来永劫続く、旅」 「……そ、れは」 「俺を三橋の眷属にして欲しい」 こういうふうに、と。 仄かに青白い首筋に唇を寄せて、軽く歯を立てる。 ……俺が襲ってどうするんだって話なんだけど。 「や、だ、めです」 「どうして?」 「だ、って、人、なのに」 「うん。でもって司祭だけどね。……このままじゃ俺、この手で三橋を殺さなきゃいけなくなるんだ」 「う、ぇ?」 「村人が異種族狩りを始めようとしてる」 歯を立てた後を労わるように舐めれば、鼻に抜ける甘い声。 ……俺がしに来たのは、話だろ、話。 「逃げてもらおうかと思ったんだけど、一生逢えなくなりそうだから」 ねえ、だから人としての俺とさよならできるようにキスしてくれるかな、と。 耳元に零しながらも俺がキスしてしまっていて。 結局、俺が三橋と一生離れられないようになったのは、次の日の夜のことだった。