100個で1組のお題 映画100 050:風花 『戻ってくるから、そうしたら』 優しい顔に似合わない強い力で抱きしめられて誓われて。 言葉の続きを待ち続けて、三回目の春が来た。 空には鈍い色の雲が転々と浮かんでいるけれど雨も雪も降ってはいない。 のに。 「ゆ、き……?」 「ああ、風花って言うんだよ。ここじゃなくてどっかで降ってる雪が風で飛ばされてくるの」 「風、で」 ふわりとてのひらに落ちて溶けた雪は冷たく。 けれど優しく三橋に降り注ぐ。 「あんまり濡れると風邪引くよ。中入ってて、三橋」 「う、ん。栄口くん、も」 「ここのボードだけ片付けたら入るから、温かいコーヒーでも淹れててくれると嬉しいな」 「う ん」 栄口は優しい。 帰りを待ち続ける三橋を見かねて、アルバイトとして雇ってくれた。 別れた交差点がすぐ見える小さな喫茶店。 隠れ家的存在のこの喫茶店は二人でよく訪れていた思い出の店でもあった。 「にしても、いつまで待たせるんだかね」 栄口は二人の関係を正確に見抜いていて。 三橋が待ち続けている理由も、あの大馬鹿者が三橋を待たせている理由も理解していて。 それでも、三橋を想っていたから。 一人で淋しそうにされるよりは、慰められる距離にいることを望んだから。 たとえ、三橋の心が揺れなくても構わない、と。 「もう少しでもらっちゃうところだったよ?」 「えええ!? ちょ、嘘でしょ?」 「行動に移さないだけで嘘じゃないから。……今日はもう閉店にしたから鍵だけ閉めるように三橋に言って」 これしまっておいて、と看板とエプロンを押し付け、ひらりと手を振って踵を返す。 娘を嫁にやる父親の気持ちってこんな感じかなあと一人笑って。 明日三橋はどんな顔をしてバイトにやってくるのか、想像していた栄口のてのひらの中に。 ひらり、風花が散った。