100個で1組のお題 映画100 057:汚れた顔の天使 天使、というのは生き物ではなくて職業だ。 適度に肩の力を抜いている先輩曰く天国における公務員。 それが、天使。 まあ白い翼は時と場合によって生える。 背中開きの服は寒いので緊急事態以外は収納しておくに越したことはない。 「しまった」 基本的に天使は生きている人間にはその姿が見えないことになっている。 例外で生まれたばかりの赤ん坊から三つくらいまでの子供の目には映るのと。 「おい、大丈夫か?」 頭上に抱く輪の光を浴びた人間は一時的にその輪の主の天使が見えるようになる。 緊急事態のときに翼を出すと同時に現れるそれ。 エンジェルリングなんてダサい名前が付いているこれ。 車に轢かれそうだったから思わず急降下で飛び出して抱き上げて飛び去ったは良いけれど。 車に轢かれかけた当の本人が姿を消した上に怪しい光。 もしさっきのがこの腕の中で首を傾げている人間の運命だったとしたら、大失点だ。 しがない公務員が人間の運命を捻じ曲げるなんて、とんでもない。 でも助けてしまったものはしょうがないし、みすみす見逃せるような性格でもない。 きっと自分とこの人間が出会うことだって運命だったに違いない。 と思うことにして、ゆっくりと地上に降りた。 人影がない公園の大きな木の下まで抱えていって、怪我の有無を確認。 せっかく助けたのに怪我をさせていたら元も子もない。 しかし覗き込もうとした顔は俯いて、微かに肩が震えている。 (……怖がらせた、よな) 自分ではあまりそうとは感じないが、空を飛ぶなんて怖いことこの上なかっただろう。 車に轢かれかけただけでも十分恐怖の対象だったに違いないのに。 (でも、見過ごせなかった) どうして見つけてしまったのか、分からない。 もしかしたらこの出会いは。 (こいつの、じゃなくて俺の、運命なのか?) 神の命を果たすために創られた天使に本当にそれがあるのかは分からないけど。 「ごめんな? お前を泣かせるつもりじゃなかった」 下を向いたままの頭にそっとてのひらをのせて、できる限りの優しさを込めて撫でる。 可愛げのない後輩の方がよっぽど天使らしい外見をしているけれど、自分はそうではないから。 悪意がないことを相手に伝えるために笑顔の練習なんてものをしていて。 その努力が、実れば良いのだけれど。 「いきなり眩しかったり急に飛び上がったりで怖かったよな? もう、大丈夫だから」 ふる、と一度だけてのひらの下の頭が横に振られた。 疑問に思うのとほぼ同時に、顔が上げられる。 「お れ の方が ご、めんな さい」 「なんで」 「た すけて くれ、て ありがと、う ござい、ます」 ぺこりと勢い良く下げられた頭で見えなくなる寸前の。 真っ赤な顔と大きな目がいやに焼き付いて。 「てん し さま?」 顔、怪我してますと伸ばされた指先を掴んで思わず。 その指を絡めとってしまった。 地上にも天使がいるんですねと真剣に先輩に話したら。 とうとうお前にも春が来たかと。 不真面目な先輩と正体が掴めない先輩と頼りになる先輩にも言われた。 ……春って、どういうことだ?