100個で1組のお題 映画100 059:桜桃の味 『里』は年がら年中ありとあらゆる種類の桜で囲まれている。 隠れ里のはずなのにえらく悪目立ちするんじゃなかろうかと思ったけれど。 幻術を使うのにも適しているらしく、誰も花に酔って辿り着けないらしい。 最も美しく最も危険な隠れ里、それが俺の住む桜の里の世間からの認識らしい。 ……隠れ里だから、伝聞推定形で。 「『盾』殿、長からお呼び出しがかかってますよ」 「……慎吾さんそれ本気で気持ち悪いんですけど」 「えー俺縦社会に忠実に生きてるだけだぜ」 「お役目ご苦労『雷刃』殿」 おーおー、とひらひら手を振って部屋を出て行くあの人に何言っても無駄だ。 正面切ったまともな皮肉なんてのが通じたためしがない。 俺が俺自身の賜った名前で呼ばれるのを嫌ってるのを知らない人間はこの里にはいない。 のにも関わらず、あの人は俺の不機嫌な顔を見ると憂さ晴らしになるらしい。 でもって一番その名前で呼ばれるのを嫌ってる奴を呼んで泣かせるのが趣味だ。 そのあとどろどろに甘やかしてまた懐かせるんだから意味が分からない。 ……趣味が悪すぎる。 「って、長?」 長、というのは字の如く里長のことだ。 お呼びがかかるのは珍しいことじゃない。 けど今日は。 (望月の、晩、だよなあ) 春爛漫の望月の夜はこの里にとって特別な夜だから長が手空きなはずがない。 でもその忙しい最中に呼び出されたんだったらよほどの用事。 袴の裾を捌いて首を傾げつつ御館まで早足で向かった。 桜の里は隠れ里。 現世とは時間の流れも何もかもが切り離されている。 ここに住まうは人型を取るがヒトではないもの。 「準太、至急離れに行ってくれ」 「は? え、てか和さん? 俺長に呼ばれてたんでしょ?」 「その長から言伝だ。刀殿が朝方戻られて以来離れへ籠りきりでなあ」 「……はあっ!?」 「結界石で強固に固められてて誰も離れに近づけないんだ。蜜月様を頼んだぞ」 刀、は俺とは対極の位置に在るモノ、だ。 たびたび隠れ里から現世に降りては何かをしでかして帰ってくるモノ。 「刀って……榛名!?」 離れにいるのはこの里で長よりも優先して守るべしとされている存在。 俺らとは幼馴染みたいに育って、いつの日からか遠ざけられた。 「ったく、榛名のくせに結界なんて張るんじゃ、ない!」 ばちばちと結界に結界をぶつけて壊してネズミ一匹入れないよう歪められていた空間を。 壊してざくざくと近寄った離れの戸の前で聞こえてきたのは、啜り泣く声。 「っんの野郎!」 「うぉっ、んだよ高瀬!」 「んだよはこっちのセリフだ馬鹿榛名! とっとと離れろ大馬鹿!」 すぱーんと開け放った戸の内側では黒の着流しの問題児が。 涙でぼろっぼろになってる『蜜月様』を羽交い締めにしてそれで栄養補給してる大馬鹿がいた。