100個で1組のお題 映画100 065:灰とダイヤモンド 完全防音の、部屋。 いくらピアノを弾いても、近隣の住民から苦情が出ない。 いるかどうかも、分からないけれど。 「廉、どうした」 「……音、が」 「音?」 「調律が、必要だから」 本当は、そんなのは。 なくたって、誤魔化せる。 だって観客は、いないから。 おもちゃのピアノでだって、観客が。 聴いてくれる人が、いるなら、俺は。 「慎吾さん」 この人は俺が欲しいって、言って。 俺に俺の一番大切な人と、たくさんの人の命と、俺自身とを。 天秤に、かけさせた。 一番軽かったのは、俺。 「こんな俺が、まだ、必要ですか?」 動かさなければ指は動かなくなる。 難しい曲、正確に指を動かすことを必要とされる曲、が。 弾けなくなる。 それ、なのに、俺は。 「俺が欲しいのはお前自身だ。そうやって壊れてくのも悪くない」 音なんて存在してないみたいに、あっという間に目の前で。 簡単に俺の手首を掴んで引き倒して、馬乗りになって。 「花井、消せばお前は俺のものになるのか? ならないよな」 「……ここに、俺はいるのに?」 「お前の心はあいつのところに置きっ放しだろ。つまんねえ」 乱暴に扱われたことは、一度もなくて。 肩も肘も手首も、もちろん手も指も指先も。 全部、傷ついたりなんかしないように、力加減をされていて。 「これで最後だ」 いつもそう言われていたから、いつそれが本当になるのかなんて、分からなかった。