悔しそうな顔をしたから。 そこで待ってて 「だいぶ慣れてきたかしら?」 「……ヒナ先生」 「やっぱり漢字は読み辛い?」 「あー、慣れてはきたんですけども。どうにもこうにも」 「簡体字が混ざってしまうのよね」 本人曰く日本人の血は割合が低いけれども流れているらしいこの子は。 確かに発音は明瞭、聞き取りも問題がないのだけれども。 「漢文もどうにかこうにか、白文だけなら」 「そうね。書き下し文なんてあちらにはないものね」 それでもひらがなカタカナはこの数日間でマスターした。 日本人でも間違えるような「じ」と「ぢ」も。 けれども、漢字はどうしても先に覚えた中国語が邪魔をしてしまうらしく。 「日本の漢字って、分かり易いんだか悪いんだか」 渡した漢字の書き取りテストを受け取った瞬間に、その場にしゃがみこむ。 20点満点中、10点。 読みは出来るようになったのだけれど。 「どうしても一つずつ簡体字が入ってしまうのね、九龍君」 「あー、また甲太郎に馬鹿にされるー」 うわーん、と悲鳴を上げる彼に私ができること。 …………そうだ。 「九龍君、ちょっとそこで待っていてくれる?」 「へ?」 「良いもの、思い出したの」 「ちょ、ヒナ先生?」 勉強熱心な彼なら、きっと。 「で、そのドリルの山を渡された、と?」 「そう! あと漢和辞典も貰った!」 今日は探索しないから! と宣言するので明日は雨だな、とからかえば。 ヒナ先生の好意を無駄にする俺のほうがおかしい、と開き直りやがった。 小学1年生から高校3年生までの都合12年間分にも及ぶ漢字ドリルを。 手渡されて心から嬉しそうな輩なんてのは生まれて初めて見た。 今は昼休み。 この後雛川の授業がないのを良いことに帰宅準備を終えたこいつは。 「なぁ、もしかして今日一日でそれを終えるつもりか?」 「良く分かったね」 根っからのお勉強大好き男なのだろうか。 それともただの馬鹿だろうか。 「九チャン何その山!」 「今から帰って漢字のお勉強」 「うわー頑張って」 「自分が好きなことやるのに頑張る人はいないよ、やっちー」 ああ、ただの馬鹿だ。 「そっかー。そうだよね! うん、九チャン楽しんできてね!」 「うん!」 そして翌日。 「素晴らしいです、我が君!」 「これからは漢字博士と呼んでくれたまえ、トト」 漢字の書き順を留学生に教える九龍の姿があったとかなかったとか。 end