誰にでも愛を囁くくせに、愛の受け取り方は知らない。 世界は愛と孤独で出来ている 自分も相手もぼろぼろの身体で、こいつはまるで日が差すみたいにその手を差し伸べる。 マリアを思い出すとかほざいていたのは椎名だったか。 差し伸べられた手に自分のそれを重ねずにはいられない。 そんな慈愛に満ちた顔を向けられ。 傷付けられても信じ続けるその眼差しを信じて。 手が重ねられたら、そいつはもう次の日からこいつを取り巻く輪の中に入っていく。 それなのに、だ。 「九龍」 「何」 真っすぐに向けられる目に、俺は次の言葉を失う。 ……こいつが。 俺に向けるのは。 笑顔などではなく。 「……何でも無い」 「そう」 七瀬から特別に貸し出してもらったらしいペイパーバックに再び視線を落とす。 俺に向けるのは、笑顔ではない。 否、教室にいるときは誰にでも等しい笑顔を俺にも向ける。 けれど今のように屋上で二人きり。 特に会話もなく、俺はアロマを燻らせながら、九龍は本を読みながら。 この場で過ごすときは、こいつは笑顔など浮かべない。 「……甲太郎?」 無言で立ち上がり小柄なその身体を後ろから抱きこむようにして座れば疑問より先にびくりと跳ね上がる身体。 人には幾らでもスキンシップと称して触れるのに、触れられるのは苦手。 「貸せ」 勝手に距離を詰めるのに、距離を詰められるのも苦手。 「何を」 「お前を」 ゆらりと視線が持ち上げられ、俺のそれと絡みつく。 真っすぐに。 俺の心の底を見透かすかのように向けられる目。 「……俺を、じゃなくて俺の時間を、だよ」 ため息一つで本を閉じて苦笑を浮かべるこいつを。 他の誰も知らない。 「どっちにしろ出世払いだな」 形の良い顎をそっと掴まえて口付けを促す。 噛み付くような真似はしない。 ただ角度を変えて何度もついばむようなキスを繰り返す。 「……トレジャーハンターになる覚悟は決めたのか?」 「ああ?」 「俺のキスは高い」 「60年ローンで返済可能だろう」 「……甲太郎」 誰よりも先陣を切って遺跡に潜っていたあの背中が嘘のように。 庇われていたのが嘘のように。 俺の腕の中に収まる。 この姿さえ、他の誰にも見せはしない。 誰かが屋上に近付く気配を感じると何事も無かったかのように距離を取る。 『一番の弱点を知られたらトレジャーハンターは終わりだから』 足手まといであろうと無かろうと。 一般人を愛したら終わりなのだそうだ。 確実に守れるという保証が無いから、と泣き笑いの表情で語った九龍に。 「お前には俺が必要だからな」 世界は愛と孤独で出来ている。 けれど愛が多ければ多いほど孤独は少なくて済むだろう? end