何もこんな日に。 どうしようもない男 墓地、と言うべきか遺跡で、と言うべきか。 大きな。 喩えるのならば何かが崩れた、音が。 深夜だというのに、した。 石たちが一斉に悲鳴を上げる。 「……これは、何かあったかな」 絶対に自力で帰ってくるからさ。 お土産楽しみにしてて、と。 言って僕を置いていってから数時間。 どたどたとこちらに向かってくる足音が聞こえたかと思えば。 「…………博士?」 「ただいま!」 うつむいたまま勝手に部屋に入ってきて、僕に抱きついてきた。 ……予想外だ。 満面の笑みで。 誇らしげに胸を張って。 帰ってくると、思っていたのに。 「どうかしたのかい、博士」 「何にも!」 何にもないのに。 声を押し殺して涙を流す人間が。 果たしてこの世に存在するだろうか、いやしない。 「とにかく、シャワーを浴びたらどうだい? 土まみれだよ」 返事を聞くよりも先にシャワールームに押し込む。 この設備が今日ほど存在価値を発揮した日は無い。 「どうした、と聞くのは野暮かな?」 着替えなどあるはずが無いのにシャワーを浴びるように勧めたので。 サイズが合わないだろう危惧は無視して自分の服を貸し与える。 袖も裾も捲り上げて。 ぎゅっと、組まれた指。 ぼたぼた垂れる雫は、僕が引き受けた。 「水でも飲むかい?」 「……あいつら、が」 問いには答えず、ぎゅっと結んでいた口を開いたかと思えば。 同時に涙も零れて。 後から後から絶えず零れて、膝の上に染みを作る。 「遺跡と、一緒に」 あいつら、が誰なのか。 遺跡と一緒に、何なのか。 聞かずとも、分かることで。 「皆守甲太郎、並びに阿門帝等、どうしようもない男、と」 メモを取る代わりに呟けば、一度。 ただ一度首が縦に振られた。 「クリスマスイヴと言えば、誰もが笑顔を浮かべる日だと相場が決まっているのにね」 まぁ、僕にはあまり関係が無いけれど。 「僕にしておけば良かったと思わないかい?」 髪を拭く手は休めずに、僕は言葉を重ねる。 「今日に限って、泣かせるような真似だけはしないよ」 ぽんぽん、と撫でてタオルを外す。 黒というよりは深く蒼い目が真っ直ぐ僕を見た。 「……黒塚って、意外とロマンチスト?」 「失敬だね。僕はいつだってロマンに胸ときめかせているよ」 「…………うん」 そしていつも君を想っているよ。 「今日はここで寝ていくかい?」 「ええ?」 「今日ぐらい外泊しても罪は無いよ」 君が僕を想ってくれなくても、僕は君を想っているよ。 「……ありがとう、黒塚」 君を腕に抱いて眠ることなんて。 きっと二度とありはしないから。 end