Caress 『お前の茶は俺以外の誰にも飲ませるな』 と突然言われたのが去年。ちょうど夏の大会が終わって奴がバスケ部の副主将になった頃だったと思った。 俺はまだ平の部員で、滅多に茶を点てることもなかったし、専ら作法を習っていた頃だったので、何の疑問も持たずに 『分かった。お前以外の奴の為には茶を点てない』 と返事をしたのだったけれど、今ではこの約束をしたことが俺を縛り付けている。 ……俺が二年生になった今年、我らが茶道部は廃部の危機に瀕していた。 元々この部だけに所属をしている人間が俺……信太遼一人だけだったのだ。 三年生はまだ一学期だと言うのに早々に部活から引退してしまった。新入部員はたったの五人。俺を含めて六人しかいないのだ。 文化系の部活だからぎりぎり人数が間に合っているのだが、如何せん人が少なすぎる。 何に向けてか、などは聞かないで欲しい。 文化系の部活にとって知名度を上げる唯一のチャンス、文化祭。 その時に野点をやることになっているのだがこの人数ではとてもではないが捌ききれない。それに俺は……。 茶を、点てられないのだ。千草以外の相手には。 「へぇ、野点ねぇ。何か物凄く敷居が高そうなことするんだな、茶道部。で、それが何?」 「それが何、じゃない。お前忘れたのか」 「忘れてないよ。でも文化祭って十月だろ? それまでには何かしら持ってくるから。俺も手伝うし。とりあえず全国までは無理そうなんだけど地域大会のだったら間に合うじゃん。……待っててよ」 一学期の期末テストも無事終了し、何となく気の抜けた感の拭えない図書館の自習室で俺達は面と向き合って話していた。 「待つも何も、演劇祭でお前重役をやるんじゃなかったか? どこに暇があるんだ」 「遼の為にならいくらだって暇は作れる」 「そんな簡単に言うな」 「簡単じゃない。遼だからだよ。遼の為にだったらいくらでも時間は作れるんだ。……信じてくれない?」 首を傾げながら手を伸ばしてくる。 「お前……ここがどこだか分かって……」 「図書館。邪魔されない為に防音の自習室を借りたんだぜ。な、いいだろ。テスト期間中お預け食ってたんだ」 突き放そうと出した手を簡単に絡め取られて、俺は抵抗する手段を無くした。……所詮腕力で勝てる相手ではない。 「…………使用時間、後十分だからな」 「了解」 「何を了解したんだ。千草っ……や……ぁっ……」 既にワイシャツのボタンは外されていた。遠慮無く手が這入ってきてあっという間に脱がされる。 「やっ……駄目っ……」 「何が駄目? ねぇ、時間足りない。キスしたら家来いよ」 「んっ……行く、から……も、やめ、て……」 「ドタキャン無しな。……遼」 いつの間にか左腕は背中に回されていて、右手が俺の頬に添えられていた。 「夏休みが楽しみだな」 ……結局、その後は千草のマンションへ強制連行されて、立ち上がることもままならなくなった俺は 『友人の家に泊まります』 『誰のお家?』 『千草です』 『なら安心ね』 という心温まる会話を母親と電話越しに交わしたのだった。 「お母さん何だって?」 「…………お前の家に泊まるのは安心なんだそうだ」 「へぇ……親公認?」 「ふざけるなっ」 「あんまり力まないほうがいいぞ……ってそういうカラダにしたのは俺か。悪いな」 ぽんぽんっと頭の上に掌を乗せられ、俺はうつ伏せになった。 「ほんっと綺麗な背中だよなぁ。背骨とか、こことか、すげぇ色っぽい」 「…………っ」 ただでさえ弱い背中を人差し指で撫で上げられ、俺は声にならない悲鳴を上げた。 タオルケットを引っ手繰って身体に巻きつけ、千草に背を向ける。 「遼がそれ全部持っていくと俺、寒いんだけど? それとも俺を温める為にわざとやってるとか?」 後ろからタオルケットごと抱きしめられ、俺は言葉を無くす。 それを肯定と受け取ったのか、千草は簡単に俺を自分の方に向き直らせて、タオルケットを剥ぎ取る。 「自分で許可取ったんだからな。逃げるなんて無しだぞ」 低く、掠れた声音が耳朶をくすぐる。そんな声にまで反応してしまう自分が、嫌で。 「俺だけ見てろ。ちゃんと二人で天国にイケるようにしてやるから」 「…………馬鹿」 カーテンの隙間から薄く日が射していることに気がついた。 ふと壁に目をやると午前八時。……あれから夕食も食べずにここにいたようだった。動くのが億劫で視線を辺りに巡らせると、目の前に千草の寝顔があった。 『お前の茶は俺以外の誰にも飲ませるな』 と言われた時の事を思い出して、知らず知らずのうちに顔が赤くなる。 あの時、俺が初めて茶を点てたあの時にこいつは偶然茶室に現れ、見事としか形容できないような完璧な作法に則って俺の茶を飲んだのだった。 『……茶の飲み方を知っていたのか?』 『ハハオヤ、先生だから』 『初めて、点てたんだが、味は……』 『高校は入ってから始めたにしては上出来。そーだ、お前平部員なんだろ? お前が茶を点てると同時にここに来てやるから俺だけに飲ませろ』 『は? そんな超能力者みたいな真似出来る訳が』 『絶対。そーいやなんで独りなんだ? 他に人は?』 『今日は居残りだ。恥ずかしいから誰もいないうちに一回点ててみようと思って……』 『誰もいない? うわ、俺ってすげぇラッキー?』 『千草? 何が…………ん、ふっ…………』 『お前、防御弱すぎ。俺がお前見てたの気付いてなかったの?』 『なっ、だっ、おっ』 『何でもだっても無いだろ。男同士ってのも無しな。あ、もしかしてファーストキスだったりしたとか? やっぱついてるな、俺』 『冗談、だろ』 『冗談でする人間に見えるらしいんだよな、俺。でも遼のことは本気。好き。愛してる』 『簡単に言うな。そんなこと』 『信じられない? 信じさせるようなことしても構わないんだけど。二人っきりだし』 …………本当に信じられないことに、あの場で俺は千草に半ば強姦されたのだった。 まぁ、少しは千草のことが気になっていたし(但し千草とは全く別の意味で)、嫌いなわけでもなかったし……。 「遼が俺の顔に見蕩れてくれるなんて嬉しいな」 半分寝惚け眼で千草を見ていたら、一体どこがどうなってそういうことになるのかは分からないが、思いっきり抱きしめられた。 「なぁ、本当に優勝カップで茶を飲むつもりなのか? ……あれで点てて美味しい茶が出来るのか?」 「不味いかな? 遼が点てる茶なら何でも美味いと思うんだけど」 「…………千草、本気だったんだな」 「俺はいつでも本気なんだけど? 遼が嫌なら別に優勝カップじゃなくても何でもいいんだ」 胸を張って言い切る千草に、俺は思わず笑ってしまった。あの言葉はその場の勢いで口から出たものだと信じ込んでいたから。 「でも、俺以外の奴に点てるなよ。これは絶対だからな」 いきなり真面目な顔をして千草が俺を抱きしめた。 「何で駄目なんだ?」 「俺が、お前の茶を飲んだから。お前の初めての相手だろ、俺。だから俺はお前を一つでも他の人間に渡したくないの。 たとえそれがお前にとってただの茶だったとしても俺にとっては最愛の人が点てた茶なの。 それを他人に飲まれるだなんて、想像しただけで腹が立つ」 …………はっきりいってしまうと、俺は言葉が全く出なかった。目が点、と言うやつだったかもしれない。 「茶は心込めて点てなきゃくそ不味いし。でも文化祭だから他人に点てるんだろ? 俺がお前の代わりに点てるからお前は人捌いてりゃ茶を点てる必要もないし」 「それ、矛盾してるぞ。俺はまだお前の点てた茶を飲んだことが無いんだからな。お前ほど独占欲は強くないけれど、それでもお前が点てた茶を俺が飲めないのは不公平だろう」 今度は千草が目を丸くした。あからさまに驚いているようだったので、俺はなんだか無性に気恥ずかしくなってそっぽを向いた。 「………………」 無理やり自分の方には向かせようとせず、耳元で囁かれた言葉に、俺は全身に火が付いたようだった。 「駄目か?」 優しく覗き込んでくる瞳に否、と言えるはずも無く。俺は自分からキスすることで同意していることを伝えた。 |
後書きと言う名の言い訳 |
パソコンの容量を少しでも軽くしようという事で。 本体に入れっぱなしで忘れていたものシリーズを再アップ。 同じ学園でもあっちの学園とはえらく趣が違うんですよねー。 こっちはもうカップル成立が前提のシリーズなので。 タイトルcaressは……まぁ、自分で引いて下さい(笑) あと本文中のどこかにオマケがあったりしますので気長な人は見つけて下さい。 20040310 再アップ20080207 |