into the wind |
introduction 左手の指先から伝わってきて、皮膚とか筋肉とか血管とか神経とか骨とか、そういうもの全部を震わせて、それでも死なない何かが心臓を揺さぶる感じ。 両耳の鼓膜、突き破ってくる音の塊。 『誰か』の為じゃなくて、自分の為だけに生まれてくる俺の音。 低くて重たい音の嵐がそのうちにこの耳を、俺の両耳を壊して駄目にするなんてことはもうとっくの昔に分かりきっている。 本来与えられている寿命よりも短い時間で使い物にならなくなるってこと。 この耳が使えなくなったら生きていけなくなるってことも。 けど。 (この音が無いと死ぬ) 冗談とか嘘とかブラックユーモアとか、そういう次元の問題じゃなくて。 明日太陽が消滅するとか酸素が無くなるとかと同じレヴェルの、生きていくのに初歩的な問題。……少なくとも俺にとっては。 『もしかしなくてももう君って中毒者なんじゃないの?』 いつか身体の内側からボロボロになるのが分かっていても煙草は止めない。 耳が壊れるのが分かっていても弾くのは止めない。 俺の身体を破壊し尽くす原因でも、俺が俺で在ることを誰より何よりも雄弁に語るものだから。俺自身に、俺がどんな人間であるのかを解からせるものだから。 自虐的だと嘲笑われても、本当に、俺にはこれしかないから。 断崖絶壁ぎりぎりのところでこれ以外を選べと言われても、たとえもう一方が命綱だったとしても、馬鹿だって言われても、俺にはこれ以外選びようが無いから。 『これが無いと君って壊れちゃうような、そんな儚い人だったんだ?』 当たり前。それが無いと俺の両手の指先は行き場所を無くして震えまくんのよ。アレで震えなきゃ全然意味無い訳よ。ニコチン切らした禁断症状なんかじゃ足りないのよ。他の……アレ以外でヤラれても意味ねぇって分かってるだろ? これ以外は全部嘘だろ? つまりアレ無しじゃ使いモノにならねぇのよ、俺様。オワカリ? 『それってもうかなりキテるんじゃないの? やだなぁ、それ。君が壊れると俺が、もうそれこそ今急に地球が半回転して昼夜逆転するぐらい困るのに』 誰が困るって? てめぇに昼とか夜とかが存在してたってのか? つーか俺たちみたいな人間全体にとって。 『ああ、でも一般人の方々は普通に困るよね。てことは僕らのお客さんになり得る人達が困っちゃうんだよ。ほら、なんか最終的には僕らも困りそうじゃない?』 ジッポのライターで火を点けたセーラムが叫ぶ一瞬の悲鳴でさえ、自分の所有物にする奴には一生関わりたくない、関わらないって決めて、つい最近まで生きていた。 ……二年近く前が『つい最近』の範囲に含まれると仮定して、のことだけど。 |