Make up my mind あれから半年も経たないうちに、三輪は音楽業界への本格的な復活を果たした。 言い訳がましいかもしれないけど、居酒屋で会った時に思い出せなかったのは音楽活動をしていなかったからであって、度忘れしていたからじゃない。 「なぁ、公の場で一度でも演奏をしたことを悔やんだことってないか?」 「夜空で輝く星って幾つ存在するんでしょうね、銭村さん」 「……俺、お前さんとはマトモに話が通じるようで良かったわ、などと最近思うようになったんだけど。もしかして、糠喜びだったりしたか?」 「ああ、そきっとそれは糠じゃないですよ。俺も、一人ぐらいは常識が通用する相手がいて、それはもう感謝感激雨あられ、サンクスアミリオン状態ではあるんですけどね。俺の気持ち、伝わりません?」 営業用の笑顔を音楽雑誌各社の人々へ振り撒いている尚尋と三輪を、能面のような表情で見ているんだか見てないんだかよく分からないけど、それでもやっぱりウチのバンドの中で最も常識があると俺が信じている月島と心温まる会話をしながら、俺も奴等を眺めやる。 奴等には常識は欠片も無いが、俺らには愛嬌やサービス精神というものが多少欠けているのだ。 人には得手と不得手がある。 「何も人が大学を卒業するのを待ってましたとばかりにデヴューの話を持ってくるような人とは、所詮分かり合えないものなんですよ。どこをどう直したとしても。もう互いに齢二十を越えてますから直せないものの方が多いんですよね。絶対に」 「ああ、凄く分かるかもそれ。一筋縄どころじゃないからね」 俺はあのとき選択を間違えたんじゃねぇか、と最近つくづく思う。 まぁ、それでも月島よりはまだマトモと言える部類に属してはいるんだろうが。 俺はマンションで気儘な一人暮らしだが、月島はここ(三輪がなんで一軒家で一人暮らしをしていたのかは知らないが)の二階に住み着いている。別に好き好んではなく両親に勘当されたらしい。 そりゃ音大出て教職も取っていて、公務員試験にも受かっていて、採用も決定していて、これから社会の仕組みの一つに組み込まれる予定になっていて、尚且つピアノの腕が超一流の息子を得体の知れない奴に掻っ攫われたんだから、親の気持ちも分からなくもない。 まぁ、全部三輪のせいなんだが。 「それでも音楽に関することについての認識の相違は大分無くなってきましたけどね」 そもそも、三輪明日真という人間にとって『常識』という言葉は必要無い、と言うか遥か彼方の異次元の世界からの土産のようなものだと言うことを理解するのに掛かった時間が一年以上あることからして、俺も相当なんだなぁとは思った。 が。 「でも、俺が生き返れたのは三輪のおかげだからね。まぁ、敢えて言うならあの言葉の裏の意味を取れなかったってところが、若さだったんじゃないかなぁ、と」 「俺もあんな演奏をしたこと自体が若さ故の過ちだったと認めることはしましたけどね。……神様って奴は結局、物凄く不平等な奴だから俺にはリベンジの機会しかくれませんでしたよ」 「俺にはそれすらも無いんだけど」 「許す許さないの次元の問題じゃないですからね。でも」 音楽以外何も出来ない人間が音楽以外のことをやったらやったでそれはまた迷惑なんでしょうね、と付け足して月島は席を立った。 「それでも、俺らに音楽以外で何か出来ることなんてあったかしらね?」 きっと、俺は俺の音を愛していたんだろうと思う。誰よりも。 だから壊すしかなくて、壊し尽くしたら寂しくなって再構築して、なんてことを繰り返していたんだろうと今は思う。 『君が一番大切にしてるものを半永久的に生かし続ける場所を……』 先に三輪に気付かれたってのが癪だけど。 「案外銭村さんは保育士なんて向いてるんじゃないですか?」 悪循環の最悪の状況から視点を切り替えることを奴は言いたかったのだろうと思っていたら、奴は本当に俺の音を欲しがっていただけだった。 『だって、音楽って音を楽しむんだよ? 欲張らなきゃ損するばっかりで全然楽しくないじゃない』 馬鹿らしいにも程がある、とは言えなかった。 結局のところは俺も『音楽馬鹿』に分類されるであろうことは自他共に認めることだったから。 「あ、月島君。外に出ちゃ駄目だよ。今から個人攻撃になるから」 あと一歩で脱出可能な所にいた月島を、タイミング見計らったように三輪が呼び止める。俺の聞き間違いじゃなかったら月島は舌打ちしていたと思う。 「颯、今逃げたら後で最悪のパターンになること忘れてないよね?」 尚尋も三輪に倣って月島を呼び止める。雑誌の記者達の視線も月島に注がれる。 ……俺の聞き間違いじゃなかったら月島は何かに対して毒づいていたと思う。 「真海も逃げたりなんてしないよね? 煙草は買い置きがあるから出かけないよね?」 まぁ、少なくとも今はここで俺の音が生まれていくのは悪くないことだと、そう思えるようになった自分というのをかなり好きになれている。 誰かと一緒に一つのものを構成していく面白さ、みたいなものも感じられるようになってきてはいる。 「手の掛かるお兄様方を俺一人に押し付けていくのは、それはちょっと酷過ぎやしない? せっかく言葉が通訳無しで通じ合う仲間を見つけた途端に見捨てていくなんて、減俸ものよ、アナタ」 きちんと魂がある音が、心臓の鼓動すらも掴めうな音が生まれてゆく。 永遠に続くなんて思ってもいないけど。 「だからあんた達は……」 月島が踵を返して、ついでにがっかり肩も落として戻ってくる。 それを迎え入れる余裕がある自分ってのも悪くは無い。 「ねぇ、銭村君」 いつの間にか三輪が俺の隣に腰掛けていた。 「何?」 「君の音は消えないよね。ちゃんと生きてるんだよ。それって実は凄いことなんだって、君、分かってた?」 空気を伝わっていく俺の生み出す全ての音が……。 生きている俺の音が誰かに伝わる。 どんなに強い風に立ち向かった時でも、それは必ず届くから。 絶対に諦めずに先へ向かう力を、魂を所有しているから。 何処にだって、消えずに、届くから。 |
後書きと言う名の言い訳 |
物凄く長いこの話をここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。纏めて一話にするのはちょっとばかし勇気がいりましたが、これを区切ってしまうことの方が私には耐え難く、あえてこのような形にしました。 さて、この話ですが初出は高校1年生の時。学校でやっていた文学コンクールなるものに出品したものです。 ……そうですよ、こんなの出してしまいました。国語科の先生方の間で物凄く評価が分かれたらしいのですが……僕はあの時やれる精一杯の力でこれを書いたので別に賞とか貰えなくても良かったし、評価をされることは嬉しかったのですが結果はどうでも良かったんです。あ、因みに佳作でした。 それにしても古い上に暗い話です。でも銭村真海という人間の根幹の部分を分かってもらうにはこれが一番良いのではないかと思い漸く日の目を見ました。 この次は白井の話をアップしようかと思っています。この「Into The Wind」と対になっている話です。……いつになるかはわかりませんがなるべく早めに。 それではまた。 20021120 再アップ20080207 |