眠れる宝物−問題編− |
僕は今、親戚の中で一番親しい叔父の家に来ている。東京のとある場所にある千坪以上の大邸宅(どれくらい広いかと言えば、偶然通りかかった見ず知らずの他人が相続税を気にするような広さの屋敷)に。 「しの、本当にここがお前の叔父さんの家なのか? 門をくぐってから玄関に着くまで、普通徒歩で三分以上は掛からないと思うんだが?」 早速驚いているのは僕の友人の土岐綾一郎だ。先週、僕に届いた招待状を盗み見て叔父の趣味に大層興味を持ったらしい。ついでに探偵部の部長、副部長にまで見られて『絶対に優勝してこい』と命令された。 「叔父さんって言うと怒られるぞ。あの人まだ四十代前半なんだから」 「四十代前半でこの屋敷の主なのか。お前の家何してる家なんだ?」 「お祖父さんが地主。叔父は次男で生前分与されたこの家で自由気儘に中国文学系の小説家」 「叔父さん……なんて呼んだらいいんだ?」 「新さんって僕は呼んでるから多分新さんでいいと思うよ。駄目だったら新さんの言うとおりの呼び名で呼べばいいんじゃないかな」 「新さん、ねぇ」 ふうん、と空を仰いで視線を縁側に移す。 「あの人が新さんか?」 浴衣を纏って縁側でくつろいでいる姿は、確かにこの家の主に相応しいかもしれないけれど違う。 「従兄弟の閃さん。よく見てみろよ、四十代には見えないだろ?」 「ああ、確かに一般人ならそうかもしれない。が、お前の親父さんの例もあるから一応尋ねたまでだ」 「……確かにね。兄弟だからね」 有栖川の男子は外見年齢と実年齢がつりあわない人の方が多い。僕もその一人なんだが……あ、すっかり自己紹介を忘れていた。僕は有栖川忍。私立蒼明館高校の二年生。 そんなやり取りをしながら玄関に辿り着き、僕が戸に手をかけた瞬間に戸が開いた。 「あらいらっしゃい忍君。そちらは?」 新さんの奥さんで僕の叔母さんの巴さんがにっこりと微笑んで僕らを迎え入れてくれた。 「忍君の友人で土岐綾一郎と申します。初めまして。今日はお世話になります」 土岐も営業用の微笑みを張り付けて巴さんに礼儀正しく頭を下げる。 「ご丁寧にどうも。私は有栖川巴よ。今日は新さんの遊びに付き合わせてしまって御免なさいね。ゆっくりしていて頂戴」 僕らは脱いだ靴を揃え、奥へと続く廊下を巴さんの後ろについていく。 「あ、そう言えば土岐」 「何だ?」 「叔母さんも巴さんって呼ばないと駄目だぞ」 「……従兄弟さんもか?」 「うん」 奇妙な沈黙が僕と土岐の間に横たわった。 「お茶を持ってくるから座って待っていてね」 客間に通され、そこで暫く庭園でも眺めて時間を潰そうと障子を開くと閃さんがこっちを振り返った。 「忍君も来たのかい? ……悪いね、休みだっていうのに父さんの趣味に付き合わせて。ああ、友達も連れてきたの? 僕は有栖川閃。君は?」 「土岐綾一郎です。浴衣、似合いますね」 「ありがとう。苑には年寄り臭いって言われるんだけれどね」 「そう言えば、さっき『忍君も』って言いましたけど、俺達の他にも誰か?」 いつの間にか足元に来ていた猫の赤い首輪の、その喉元をゴロゴロとやってやりながら、土岐が閃さんに視線を走らせる。 「父さんがね、仲のいい親戚の子一同に手紙を出したんだよ。忍君にも届いたよね? 君達の他にも三人来ているから、今日のゲームの参加者は全員で六人だね」 猫はするりと閃さんの膝に移って大きく伸びをすると、そのまま眠り始めてしまった。 「誰が来てるんですか?」 優しく猫の背中を撫でていた閃さんの手が、一瞬思い出すように止まって、また撫で始めた。 「小石川の雛ちゃんと冴ちゃんの双子の姉妹と皆瀬川の威君が来てたよ」 「何か凄いね、全員集合じゃない?」 「君のお兄さんが足りないけどね。さて、母さんがお茶を持ってこないから僕が持ってくるね。えっと、土岐君だっけ? こいつと遊んでてくれるかな? 忍君は苦手だから」 それだけ言うとさっさと客室から出て行ってしまった。 猫の気持ちよさそうな規則正しい寝息が聞こえてくる。 「猫がお前の弱点だとはな。いいことを聞いた。あのお兄さんは美人だし、物腰も柔らかいし、気も効くし」 皮肉気な笑みを唇の端に浮かべて、僕をひたと見据えてくる。 「何だよ」 「安心しろ、俺はお前一筋だから浮気なんてしないぞ」 言って、猫を静かに畳に下ろすとにじり寄ってくる。 「何か勘違いしてないか? ちょっ、土岐寄ってくるな」 「愛しい恋人に触りたいって思うのは当然のことだろ? 恥ずかしがるなよ、しの」 さして抵抗も出来ない間に僕は土岐の腕の中にすっぽりと納められていた。 「さて、そう言えばさっき閃さんが言ってた『苑』って誰だ?」 顔に浮かぶ笑みを隠そうともせずに土岐が僕にじゃれつく。 首筋に触れる土岐の唇や、時折耳朶を擽る吐息を無視してそっぽを向きながら、僕は土岐の問いに答えた。 「……閃さんの弟。僕達と同い年だよ」 それ以上は口に出さず、僕は庭園に視線を移した。 純日本庭園風の大きな庭には小さな池があって、そこから少し離れたところに鹿威しがある。幼い頃に遊びに来たとき、その音が妙に大きく聞こえてとても怖かったことを今でも鮮明に覚えている。 音が聞こえるたびに『びくり』と震え上がった僕を指差して笑ったのが 「よぉ、しの。おっひさー! 元気してる……って、お前誰だよ! しのから離れろ」 何でそんな所にいたのかは知りたくないけれど、縁側の下からにょきっと生えてきたオレンジ色の頭の少年。有栖川苑。僕の最大の天敵だった。 「恋人同士がいちゃいちゃして何が悪い。野暮なのはお前の方だぞ。こういうときは見ない振りか慌てて立ち去るもんだ」 「ふざけんなっ! しのは俺の最愛のおもちゃなんだぞ! 先に手を出したのは俺なんだからな! 離れろっ」 泥の付いた靴を脱ぐのもそこそこに、物凄い勢いで部屋に上がってくると、苑は僕と土岐を引き剥がし、僕を土岐から庇うような位置に座り込んだ。 「人間をおもちゃ扱いする奴にマトモな奴はいない。しの、こっちに来い」 「うるさいな! それはものの譬えだろ! しのは俺のなの。しの、何あいつ? あんなのが友達?」 全身の毛を逆立てた猫みたいにがるるっと吠えて、苑が僕の方を振り返る。 「土岐綾一郎。僕の友人で今日のゲームに一緒に参加するんだ。土岐、こっちがさっき言ってた苑」 「友人って紹介は引っかかるが、まぁいい。苑、しのを返してもらおうか」 すたすたと歩み寄ってきて、僕は腋の下に手を差し入れられ、レッカー移動される車のように土岐に持ち上げられた。 「な、お前なんで『しの』って呼ぶんだよ! お前なんて『有栖川君』で十分だ! それに俺のことも呼び捨てにするなっ!」 「うるさいな。しの、部屋を移るか?」 「いいよ、面倒くさいし。それより早く下ろしてくれ」 「そうか? ならいいが」 さっきと同じように僕は土岐に抱えられたまま腰を下ろした。 「さりげなく腰に手を回すな! 首筋に顔を埋めるな! てーか俺の前でいちゃつくな! しの、お前も少しは嫌がってみせろ」 「嫌がったら煽るだけだよ。それより苑、お前あんなところで何してたんだ?」 大きくため息をついて、僕は苑に問いかける。二人の間で散っている火花はこの際無視した。 「しのがそいつ見捨てて俺と組むなら教えてあげるけど、そいつと組むなら教えてあげない」 ふいと顔を背け、視線はこちらに向けてまま苑が拗ねている。僕は一先ず土岐を引き剥がし、苑に相対した。 途端に苑が僕の方を向き、じりじりと迫ってきた。 「組むって……お前も叔父さんの遊びに付き合うのか?」 「兄貴はあの顔でさら〜っと受け流してたからやらないみたいだけど。俺は親父っ子だし。面白そうだし。どうすんの? 俺と一緒に宝探しする?」 僕には笑顔を向けつつも、時折鋭い視線を土岐にやって苑は僕に決断を迫った。 僕が迷うはずも無かった。ここで苑と組んだなんて如月さんに知られたら後で何をされるか分かったもんじゃぁない。 如月さん……探偵部の部長こと如月蛍さんは二人で必ず優勝してこいと、そう僕らに厳命したのだ。僕はまだ命が惜しいし、社会的に抹殺されるのも嫌なので首を横に振った。 「土岐と組まないといけないんだ。なんせ命が懸かってるから」 ふぅん、とかなり苛立ちを込めて呟いた苑がどれだけ僕の本気を理解してくれたかは分からない。理解されなくてもいい。僕にはまだやりたいことがたくさんある。人生を諦めるには十五歳という年齢はあまりにも早過ぎるじゃないか。 ……何もそんなに高が部長を恐れないでも、と思った人は甘い。如月さんの本当の恐ろしさは、あの人と会って初めて理解出来る類のものなのだ。どれだけ言葉を費やしてもあの人の本当の恐ろしさが伝わるはずも無いと僕自身諦めているのでここで止めておく。 「じゃ、俺はそろそろ親父のところに行くから。しのも行こう」 「え? 閃さんがお茶持ってくるって言ってたからここにいようと思うんだけど。もうそんな時間?」 「冴が早く始めろって煩いんだ。多分兄貴も途中で捕まったんじゃないか?」 うんざり、といった表情で苑が天井を見上げる。 「逃げてきたのか」 ぽつり、と土岐が零すと、苑はキッと睨みつけて僕の手を乱暴に引っ張った。 「お前も会えば分かるよ。てーかいい加減しの離せ。行くぞっ。チーム組めなくても親父の部屋行くのにまで対立する必要ないだろ!」 「そうだな。ほら、そんなにきつく引っ張ったら跡が残るだろ? おもちゃならそれなりに大切に扱ってくれないと困るんだがな、従兄弟殿」 軽々と僕を抱き上げ、そっと畳に下ろして土岐が苑を見下ろした。 「くっ……。今日ばっかりはお前の敵だからな! 覚悟しとけよ!」 いつも敵じゃないか、と僕が言い返さなかったのは苑の珍しく真剣な表情の所為だった。 「よく来たね、忍。そちらは?」 「……忍君の友人で土岐綾一郎です。初めまして」 土岐は珍しく深々と頭を下げて新さんに礼をした。 答えるまでの僅かな沈黙は多分、そういえばここの人間は皆こうだったんだよな、と自分を納得させる為の時間だったんだろうと僕は推測した。 要するに、新さんも童顔なのだ。鼻の下と顎に髭を蓄えてはいるが、どこからどう見ても四十五歳には見えない。……きっと、僕の親族は皆『得をした』と思えばそれで済むことなんだろう。 「不躾で失礼だが、もしかして君は画家の土岐一郎氏の息子さんかな?」 「はい、そうですけど。父をご存知なんですか?」 「いや、私が一方的に彼のファンなんだ。彼の絵のね」 「それはどうも。父が聞いたら喜びます」 「いやいや。……ああ、そうだ。ゲームだったね」 新さんはふと我に返ってマホガニーのデスクの上に在った四枚の封筒を取った。 「この中の便箋に暗号文が書いてあるんだ。これには宝物を隠した場所が書いてあるから、これを解読して一番最初に私のところまで持ってきた人の勝ちだよ」 僕と土岐に一つ。再従兄弟の雛ちゃんと冴ちゃんに一つ。従兄弟の苑と威さんには一つずつ手渡すと、新さんはにっこり笑った。 「暗号は全て同じものだよ。苑と威君が一人で、と言うのがフェアでないと思うのならパートナーに閃や巴を選んでも構わない。けれど他のチームの人と協力するのは無し。いいかい?」 「何かヒントは無いの?」 もう既に暗号文に目を通したらしい冴ちゃんが眉間に皺を寄せながら新さんに問いかける。 土岐ももう一読してしまったらしく、新さんの表情を真剣な眼差しで見つめている。 そうだねぇ、と新さんは微かに首を傾げ 「目に見えるものだけが全てじゃない、かな」 とヒントになっていそうで全然なっていないような難しい言葉を言った。 「つまり行間を読めってことですか」 暗号文から目も上げすに威さんが確認する。 「そうとも取れるね。さぁヒントはお終い。皆頑張って宝物を見つけておくれ」 さぁ部屋から出た出た、と新さんに背中を押されて僕達は廊下に放り出された。 「忍君、お久しぶりねぇ〜」 妙に間延びした声が僕の背中に被さって……僕はその声の主によって押し倒された。 「雛ちゃんもお久しぶり。ところで、退いてくれないかな」 女の子だから大した重さは無いのだけれど、えび反りって言う状態はさすがにきつい。 「忍、あんた蛙が潰されたような情けない声出さないでよ」 ハスキーヴォイスと共に僕の背中から重力は消え去った。途端に引きずり上げられる。 (何か、今日僕こんなんばっかり) はぁ、とため息をついて思う間も無く僕を引き上げた腕の主は自分の腕と僕の腕を見比べて問う。 「まだ僕より腕が細い。何食べて生きてるんだ?」 「色々バランスよく食べてるよ。僕より威さんの方が絶対に食生活は偏ってると思うけど」 現在医者の卵の威さんが僕を時の腕に預けて、天井を見上げる。 「……ああ、そう言えば昨日は林檎三つ分だったから……」 「良くそれで動けるよな。俺なんてデザートに林檎三個は軽くいけるぜ?」 まるで化け物でも見るような目つきで武さんと苑は互いに見つめ合った。 「それで、君が忍の友人で土岐綾一郎君だよね。僕は皆瀬川威。初めまして、よろしく」 「どーも」 「あたしが小石川冴よ。でこっちが」 「小石川雛で〜す。よろしくねぇ、土岐君」 「こちらこそ」 皆が自己紹介をし終えたのを見届けて、苑が僕の腕を引っ張り、耳に唇を寄せてきた。 「絶対、気を抜くなよな」 それだけ言うとクルリと背を向けて母屋の方へ去っていく。 「あいつ一人で解くのかしら? ま、どうでもいいわ。あたし達もさっさとこれに取り掛かりましょ。また後でね」 冴ちゃんと雛ちゃんは連れ立って図書室(この家にはあるのだ)の方へ向かう。 「……僕が閃さんを誘い出せたら今度奢るかい?」 「…………無理じゃない?」 「その賭け俺も参加可能ですか?」 「勿論。君はどう思う? あの昼行灯がこんなイベントに参加すると思うかい?」 「……林檎、混んでましたか?」 「……どうだったかな。ま、一応努力はしてみるよ。君達も頑張ってね」 「威さんも頑張って下さい。それとね、肉体が疲労してるときはいくらその人の頭脳が優秀でも使い物になりませんよ」 「……宝物は君に任せようかな」 悪戯を見破られたような子供のような笑みを零すと、ひらひらと手を振って威さんはまっすぐ閃さんの部屋の方に向かって行った。 「肉体疲労って、何で?」 威さんはどこかへ出かけたとは一言も言ってない。寧ろ一日中勉強していて食事も取るのも面倒になって林檎ばっかり齧ってたんじゃなかったのだろうか。でも三つ『分』って? 「林檎三つ分って言うのもある意味暗号だな。別にあの人は一言も『林檎を食べた』とは言ってない」 「食べなきゃ林檎なんてどうするんだよ」 「ある場所に行ったんだよ。よくもまぁあんな所へ行く気になるなとは思ったけど、付き合いってものもあるだろうしな。多分今日はここに来るので精一杯だったんじゃないかな」 「……?」 「まぁこれでライバルが一人減ったことだし。俺達も早くこれに取り掛かろうぜ」 指の間に挟んだ暗号文をもう一方の手の指で弾いて土岐が僕を促す。 「さっきの客間でいいか? あそこなら空いてるはずだ」 「お前と二人っきりでいられる場所なら俺はどこでもいいぞ」 さりげなく腰に回された腕を抓りながらも、僕の頭の中ではまだ三つの林檎がぐるぐる回っていた。 「ところでその暗号文、なんて書いてあるんだ?」 縁側で気持ち良さそうに眠りこけている猫を起こさないように静かに座って、僕は土岐に尋ねた。 「一言で言えば……詩、なんだと思われるが俺には今一つ内容が理解出来ない。如月さんだったら『面白い詩だね』とか何とか言うんだろうけどな」 卓袱台(何であるのかは知らない)の上に暗号文を広げて、珍しく土岐が溜め息をつく。 どれどれ、と眺めてみると土岐でなくても理解に苦しむ詩(のようなもの)だった。 こう、書いてある。 『世界の終焉を君と二人で探し出そう 明けない夜の闇も越えて 千切れてバラバラになったビーズのネックレス 掌で握りしめたら ぽろぽろ破片は ジグソーパズルのピース 我が胸の痛みを 閉ざした心のページを 君の温もりが全部開くのだ 午前零時がほぼ確定した海辺 どんなときでも続く原初の祈り 話し下手でもいいんだって 縮んだ背丈も気にしないでって 微笑んだ君の手を引いて プールに飛び込めばもう 怖いものなど何も無いさ』 小学生とか中学生の夏休みの日記をちょっと弄くって難しくしたらこんなのになるんじゃないか、と僕は一瞬考えたけど、これを考えたのは新さんだった。しかしどこがどう暗号なのかがちっとも分からない。 「これ、本当に詩なのか? 全く以って意味のある文章には思えないんだけど」 「俺もそう思う。だけどこれが全文で他には何も無い。ヒントは『目に見えるものだけが全てじゃない』ときたもんだ。お手上げだな」 土岐がお手上げポーズで天井を仰ぎ見る。僕はじっと紙面に視線を走らせたけれどもあまり収穫らしい収穫は無かった。 「?」 何かと思えば卓袱台を挟んだ向こう側、土岐がおいでおいでをしていた。深く考えずにそちら側に回りこむと、またしても僕は土岐の腕の中にすっぽり収められていた。 「……こんなにくっついても意味が無いだろ?」 「くっついてたら何かいい考えが浮かび上がるかもしれないじゃないか。ほら、しのも紙を見て考えてみろよ」 「そんなこと言ったってなぁ。……暗号でメジャーなのって何だっけ?」 仕方なくされるがままに僕は紙を覗き込む。 「置換法と並び替え辺りだな。あとは少しずつずらして読む、とか」 「文章の頭だけを順番に拾っていくと『せあちびてぽじわときごどはちほぷこ』。これを並び替えても意味のある文章にはなりそうも無いよ」 僕等は顔を見合わせた。 「そもそもこの家に初めて来た俺にも分かる場所なのか? 隠し場所ってのは」 「それは多分大丈夫だよ。新さんはフェアな人だし、何より僕が一緒にいるだろ? 一般的な所だと思うんだけどな」 僕はポケットからメモ帳とシャープペンを出して暗号の解読に精を出すことにした。 とりあえず蛍光灯の光に透かしてみる。……炙り出しでも擦り出しでもなさそうだった。 と、言う事はこのままこの紙と睨めっこをする他には、この暗号の解読をする手は無いわけだ。 「ちょっといいか」 僕の方に顎を乗せていた土岐が突然紙を引っ手繰って何度も何度も嘗めるように読み返す。 口の中でもごもごと何か呟いているが、何分発音が不明瞭なのでこんなに至近距離にいても聞き取れない。 「しの、『消えたものを見る方法』が在ったかもしれない。確かにこれだと『見えるものだけが全てじゃない』上に見えないものの方が重要なんだ。……威さん、いいところを突いたな」 「? 分かったのか?」 「ああ。絶対これで合ってる」 獲物を追い詰めた猛獣のそれのように、土岐の目が鋭く細められている。……謎を解いたときの、彼の癖だった。 読者への挑戦 土岐は暗号文を解読する方法を見つけたようですが、貴方はどうでしょうか? まだ分からないけれど、自力で解いてみせる! と言う方はどうぞ、お気の済むまで考えてから『解答編』を読んで下さい。 もう諦めた。この先の方が気になる! と言う方は『解答編』にお進み下さい。 ヒントは全て隠さず示されています。 どうぞ、頭を捻ってみて下さい。 作者 |