Do you know where I am going? 「真海、お前バンドはやらないの?」 中坊の頃からの付き合いの、太鼓叩いてないと死ぬって公言している尚尋とナイター(それも巨人vs横浜)見に行った帰りの居酒屋でモツの煮込みを無愛想なオヤジに注文している時に出た話題がそれだった。 店内には、はっきり言って似合うはずも無いヒットチャートを賑わす曲(頑固親父の店なら演歌でもかけていろと俺は心の底から思う)が流れていて、よくよく聴いていたら尚尋がいたバンドのチャート五週連続一位の(尚尋が詞を書いたやつ)だった。 で、俺は、と言えば目の前で温かいうちに食べてね、とさりげなく主張しているお好み焼きに箸を伸ばしつつ宙に視線を泳がせていた。 (チンジャオロースもいいかもしれない) 手ごろな値段のメニューの羅列。 (中華街行きゃよかった) 急に中華が食いたくなってきた。 「人の話半分でちゃんと聞かないから友達減るんだぜ」 「何の話?」 「……友達いないもんなぁ、お前」 烏龍茶傾けながら(ちなみに俺はビール。奴はバイクだからアルコールは飲まない)ボヤくこいつは、仲間と反りが合わなくなったからって今日付けでバンドを辞めてきたらしい。 それもファーストアルバムのレコーディング初日。 もう少し思いやりのある脱退の仕方(例えばレコーディング最終日とか)が在ったんじゃないかとか。 昔から無鉄砲だった気がしないでもなかったが、ここまで(周りから見たら残酷とか外道としか思えないくらいまで)極められているとは思いもしなかったし、正直、なってほしくもなかった。 なんかこう、俺も含めて俺の周囲には常識人って奴があんまりいない気がした。 「数少ない友人の内の一人が、酒飲みながらの喫煙は寿命を縮めるって忠告してくれるアリガタイ人だものねぇ」 そう言って俺の手から煙草を取り上げて近くの灰皿で揉み消す。 まぁ確かにアルコールは血管を広げるし、煙草はその逆の作用を引き起こすわけで。すこぶる心臓に負担が掛かることは俺だって知っている。多分、学校の授業かなんかで習ったはずだった。 中坊だったか、高校一年の時だったか、喫煙や飲酒に興味を持ち始めるぐらいの頃にそれらが及ぼす害が如何に恐ろしいかと言うことをビデオか何かで見せられた記憶がある。 それに、実際、俺がギターを弾くようになってから友達と呼べる人間が激減したのは自他共に認める事実だった。 元から上辺だけのオツキアイを面倒だと思っていた俺だから、ギターにのめり込むと言う口実の下、そこら辺から遠ざかっていたって言うのも原因の一つである。 「違うでしょ。目と目で語り合えるオトモダチ」 上着のポケットの中探り当てて出そうとした煙草のパックごと攫って、カウンターに押し付ける。 口の端に笑みが何かのついでのように乗っかっていたけど、目が笑ってなかった。 真っ直ぐに人を見る目。 昔からちっとも変わらない、断罪の双眸。 言った側からこれはなしでしょ? 真っ直ぐに俺を見つめている目が、そう訴えかけている。 つまりはこういうオトモダチが俺には片手の指が余るぐらいしかいないわけで。 「例えば、俺はあの時の文化祭で軽い気持ちでやってたドラムがいつの間にか命の糧になってるじゃない? 真海は真海であの一発目でヤラれたじゃない。先輩たちとやってたあの三十分間だけで俺にはもう十分だったんだ。俺にはこれだけしかないって気付くには。次の日にはバイク買うのに貯めてた金でドラムセット買ってさ、随分お前にも笑われたけど……。手に出来たマメ、破裂させて碌に手当てもしないでそれでも狂ったみたいに叩き続けてた。別に隣に誰もいなくても、誰も俺の音を聴いててくれなくても、それでも俺は叩き続けるって……。今思い返せば若かったなって思うんだけど。でも、本当に俺の音を愛してくれる人に逢えたら、俺はそいつとやりたい。どっちかがどっちかの音を愛せなくなるまで。そう思ったら今のバンドの人達ってその該当者じゃなかったわけよ。……ねぇ、真海はそういう風に思ったことって、無い?」 六本の金属の糸に触って、最初に覚えたのがCで、右手を上から下に振り下ろしたその一発で、俺はこんな人間になった。 きっかけは尚尋と一緒で、奴の言ったことに訂正する必要がある箇所なんて一つも無い。 でも尚尋は『バンド』っていう独りじゃ作れないものを目指していて、俺はただの『ギタリスト』って、独りだけのものに何となく、いつの間にかなっていた。 指が切れて、爪が割れて、液体の絆創膏で指の先、保護して。 金、足りないときは液体状の接着剤でヒリヒリ痛むのを我慢して、それでもギターだけは死んでも離さないって、それだけしかなくて、ひたすらに弾き続けていた。 弾き続けることで、目の前に迫ってきたものから逃げ続けていた。 「その分、生活費やら何やら考えると頭が痛くてしょうがないんだけどね。でも、これって嬉しい悩みだし。だってさ、今自分がいるところがやりたいことするのに、自分の音が死んでいくようなところだっていうのなら、そんなところには一分一秒だって長居したくないかなって。そう、思ったんだ」 珍しく常識的な見解を付け足して呟いた尚尋の声に被せるみたいにして、奥の座席の方から物音がした。 人が転びかけて、すんでのところで踏み止まってコートだけがどっかに引っかかる感じの、あの音。 はいよ、とこっちを見もしないオヤジから渡されたモツの煮込みの器を慎重に受け取ってから音の元凶を眺めやる。 余計な野次馬根性は身を滅ぼすって知っているのに。 (嘘だ) 理性じゃなくて本能が、目にしたそれを認識するのを拒む。 ギターを初めて手に取った時にも感じた……それに接触したら二度と逃げ出せなくなるって警告。 こいつが俺を捨てるまで、こいつから逃げ出せなくなる。 持っている引力が俺を惹きつける。 目を逸らす前に、奴が俺を見つけた。 肉食獣に追い回されて、やっとのことで逃げ場所を見つけた小動物みたいに接近してくる。 「この前、ずっと俺のこと見てた人だよね」 質問じゃなくて確認。確信犯的な目が俺を捕らえる。 目の前に立たれて、至近距離で見たら認識せざるを得なかった。 この前遠目に見た奴と同じ顔。有名人を遠くから見て、絶対に見間違えないのと似ている。 地声と紡いでいた音があまりにも合わなさ過ぎるのに、分かった。 (なんでここにこんな風にいるんだ?) 絶対に、逢いたくない奴だった。 |